• ホーム >
  • 対談 >
  • 大学教授と学会の在り方

対談

対談 大学教授と学会の在り方

語る人

佐賀大学循環器内科
野出 孝一

聞く人

九州大学病態機能内科
「臨牀と研究」編集委員
北園 孝成

北園
本日は,大学教授と学会活動についてぜひお聞きしたいという古山(編集部)さんのご希望があって,佐賀大学循環器内科教授の野出孝一先生においでいただいています。よろしくお願いいたします。
 それではまず,先生のご経歴をご紹介いただきたいと思います。

野出先生のご経歴

野出
高校時代は文系で,他大学に在学中は,日銀か輸銀に入って国際金融の仕事をすることが希望でしたが,父が心不全で入院し循環器の先生にお世話になり,進路を変更し医学部に入り直しました。なので学生時代は,地域医療をしたい,開業医になりたいと思っていました。佐賀医大を卒業し,実家のある大阪に戻って阪大第一内科に入局しました。5年間臨床三昧で,研究は全くしていませんでした。神戸の病院にいたので,神戸で開業しようかなと思っているときに,大学に帰ってきなさいといわれ大学院に入学しました。臨床研究希望でしたが,基礎研究室に配属され,グループヘッドは教授になられた堀先生でした。不夜城のような研究室の中で4年間実験に没頭しました。阪大生化学の高島教授や香川大循環器の南野教授は同期で,国循の北風先生が直接の上司でした。他に楠岡,是恒,増山,大津先生などが一内にはおられ大いに刺激を受けました。大学院入学後,冠循環・心筋代謝とアデノシン・NOに関する実験を始めました。NO研究はホットトピックで面白かったのですが,何か人と違うことや新しいことをしたくなり,目をつけたのが第3の血管弛緩因子といわれていたEDHF(血管内皮由来過分極因子)です。先生はよくご存じですが,当時EDHFの本体が不明でしたので,その同定に着手しました。血管平滑筋のCa感受性KチャネルがEDHFのメディエーターというところまでわかっていたのですが,アラキドン酸カスケードのepoxygenaseという酵素によって産生されるepoxyeicosatrienoic acid(EET)が,EDHFとして平滑筋細胞のカルシウム感受性のKチャネルを開口するということを生理実験で明らかにして,Circulation誌やJACC誌に報告しました。ハーバード大留学中は,EETの抗炎症作用や線溶活性化作用をScience誌やJBC誌に発表しました。阪大に戻って3年目,41歳の時に佐賀大から呼んでいただき循環器内科教授として赴任しました。若い時は研究者や教授になろうとは全く思っていなくて,今でも開業したいという気持ちはあります。私が教授になってから入局したスタッフが最近市内で開業し内覧会に行きましたが,嬉しかった反面少し羨ましかったですね。そのせいなのか,論文のための研究ではなくて,実地医療にとって役立つ基礎研究や臨床研究をするのが私の教室の方針です。
北園
わかりました。ちょっとびっくりしたり意外だったり,いろんなご経歴を教えていただきました。そういったところで血管に対するご興味があって血管不全ということだと思うのですが,その前に,大学教授になられて17年ですね。
野出
九州の循環器教授でも1番の古株になりました。

学会入会の経緯

北園
教授歴が長いということもあるのかと思いますけれども,このホームページを拝見すると,38個の学会に所属されて,そのうち14個は理事あるいは理事長をされていて,残りの学会もほぼほぼ,会員だけではなく,評議員,代議員などの役員をされている。すごい数をされているのですが,この大部分は教授職につかれてからということですよね。
 これだけの学会にどういう経緯で入会されたのですか。
野出
診療や研究の中で,入会の必要な学会はありましたが,評議員や理事のほとんどは依頼されてお受けしましたものです。診療も研究も人のネットワークが基本ですので,頼まれれば断らず学会の仕事をさせて頂く中で増えていったのかなと思います。
北園
学会によって所属される会員の先生方も多種多彩なので,多くの学会の会員でいらっしゃるということは,いろんな方と知り合えて,情報交換したり,場合によっては共同研究したり,そういった面で非常に有意義であるというか,重要であるということですね。
野出
そうですね。色々な学会に参加し,議論することで刺激を受け新しい発想が浮かびます。確かに学会活動も多いのですが,それ以上に佐賀の地域の医師会や先生方との交流を大事にしています。大学人として診療,研究を円滑に進めていくためには,横断的な学会活動とともに縦断的な地域とのつながりが大切です。
北園
もちろん先生は循環器学会が一番のメインの学会だと思いますが,ざっと見せていただくと,これはどんな学会なのかというのが幾つかあって,お尋ねしたいと思います。まず日本Men’s Health医学会というのはどんな学会ですか。
野出
男性の更年期障害や抑うつなども研究対象としている学会で,以前エストロゲンとNOの研究をしていたので,性差医学・医療学会の先生方の依頼で理事をお受けしました。テストステロンは血管に対してはエストロゲンと相反する作用を持っていて心筋梗塞や高血圧発症の性差に関与しています。従って個別医療の観点からは,性差をきちんと考えて循環器疾患の管理をする必要があります。
北園
あと,日本適応医学会というのは何ですか。
野出
ストレス応答がメインテーマの学会で会員は癌・糖尿病・内分泌・循環器と広い領域の学会です。心不全や心筋梗塞は適応破綻によって発症するので,適応から破綻,代償から非代償にシフトするシグナルは何なのだろうかと思いながら参加しています。

血管不全と日本血管不全学会

北園
さて,いろんな役職もしていらっしゃるのですが,先生が理事長をされている日本血管不全学会についてお尋ねします。先生のメインテーマは血管不全ということですが,まず血管不全というのはどういう概念でしょうか。
野出
血管不全は20年前から提唱している病態で,血管内皮機能不全・平滑筋機能不全・代謝機能不全を総称したものです。一人の血管を全部つなぎ合わせると地球1周半になる最大の臓器ですが,全ての臓器にいきわたっているので肝不全や腎不全等の臓器不全には血管不全がベースにあります。阪大時代,製薬会社の方から若手の会を作って欲しいと言われ,何か一つの目的を持ってやろうということで血管不全研究会を作りました。当時の循環器研究は,血管再生など基礎研究が盛んな一方で臨床血管機能研究の会が少なかったので,広島大の東先生,琉球大の植田先生など全国の血管研究のエキスパートに参加頂き作ったのが20年前です。
 血管内皮機能障害は心血管疾患の初期に位置するので,未病の診断には血管内皮機能を評価するのがいいわけです。FMDは血管内皮機能を測る方法ですが,標準化された検査法がなく測定方法の標準化を進めました。
 最初の5年は製薬会社にスポンサーをしていただき,学会化を踏まえて6年目からはノンスポンサーの研究会にしました。手弁当の学会運営でしたが,血管内皮機能測定標準化案を論文化し,東京医大の山科先生が中心で日本循環器学会のガイドラインができました。また,8,000名のFMDデータベースができ,そろそろ学会にするタイミングということで3年前に一般社団法人日本血管不全学会に移行しました。
北園
それで,先生が初代の理事長をされているのですね。FMDについても教えて下さい。
野出
Flow Mediated vaso-Dilationの略です。RH-PAT(エンドパット)は指尖脈波なので,抵抗血管(細小血管)ですが,上腕動脈はConduit arteryなので,FMD はNO,RH-PAT はEDHF活性を評価しており,診ている血管内皮機能が違います。
 前腕動脈を5分間圧迫した後,解放するとシェアストレスにより,上腕動脈が拡張します。その拡張径を測定し,血管内皮細胞からのNO産生量を評価します。
北園
さて,先生が創始されてここまで育ててこられた血管不全学,血管不全学会は,今後どのように進んでいくのかという展望を教えていただけますか。
野出
当初の目的であった血管内皮機能検査が標準化されたので,血管不全の生理的診断基準を作成しています。心不全にはEFが40%以下,BNP100pg/ml以上等の診断の目安がありますが,血管不全にはないので標準化された測定方法によるデータを利用して,血管内皮に関してはFMD,RH-PAT,血管平滑筋に関しては,PWVとCAVIの正常値,境界値,異常値を設定します。
北園
この診断基準に応じて,個々の患者さんが血管不全としてどのレベルにあって,どれぐらいの心血管病の発症リスクがあって,どう介入していくかと,そういうふうにつながっていくわけですね。
野出
この診断基準にどれぐらいの人が当てまるのか,その人たちが将来心血管病イベントを発症するかというデータをとり,適切な治療介入を探索していきます。血管不全を診断することにより,非心血管疾患のリウマチ等の病態把握も可能になるかもしれませんし,血管不全を軸にした臓器連関の解明も進めていけます。

佐賀大学での研究

北園
次に,先生は佐賀大学で教授を17年間やってこられていて,メインテーマの血管不全を含めて,幅広い臨床研究,基礎研究を展開されていると思いますけれども,そちらのほうもちょっと紹介していただけますか。
野出
こちらに来たときは,人も少なくできることも限られていましたので,この領域だけは世界や日本のトップを走ろうという思いでやってきました。基礎研究に関しては最初に体内時計の研究を始めました。私自身が体内時計を研究していたということではなくて,寄附講座ができたので,自由で面白いテーマで研究しようと教官を全国に公募しました。そのときに,大阪のバイオサイエンス研究所にいた明石真君が応募してくれました。彼は京大農学部出身のPhDですが,研究内容が面白かったので,すぐ大阪に飛んで行ってホテルで面接をし,即採用を決めました。当時,体内時計の研究領域は循環器ではあまりされておらず,体内時計という言葉も日常的には使われていませんでした。明石君が来て,毛根細胞で体内時計を測るとか,インスリンが体内時計を動かすということを,『PNAS』,『CellReports』といった雑誌にどんどん発表していき,6年間いて35歳で山口大学時間研究所の教授になりました。時間研究所は学長だった広中平祐先生が作られた文系理系を融合した研究所ですが,彼とは今も一緒に共同研究を続けています。
 臨床研究では,心血管イベント研究は日本ではなかなか難しかったので,サロゲートマーカーで何が一番アクセプタブルかなと考えたときに,血管内皮機能検査も浸透していなかったので,頸動脈エコー(IMT)を主要評価項目にしてPROLOGUE研究を始めました。PROLOGUEはDPP-4阻害薬の試験でしたが,PRIZE研究(XO阻害薬),PROTECT研究・CANDLE研究・EMBLEM研究(SGLT2阻害薬),S-HOMES研究(IoTによる心不全管理研究)を始め,主任研究者として13個の前向き多施設試験が進行中です。
北園
全て介入研究ですか。
野出
はい。
北園
それをやるために多くのエネルギーが必要ですね。
野出
でも,やっぱり面白い。PROLOGUE研究の主要評価項目は有意差がでなかったですが,大規模研究のTECOS研究の結果と同じであり,データはコンシスタントでした。サブ解析で臨床上有用な多くのことが判ってきていますが,ネガティブな結果を臨床に生かすところが面白いです。基礎研究は,時計遺伝子の研究なら明石君に任せて研究の方向性とか最終チェックだけをするのですが,臨床研究は最初から終わりまで全て把握し自分の目で見るようにしています。細かいところを見ておかないと何かミスが起こるので,全てのメールが私に入ってくるようにして,全部目を通しています。大変ですが多くの先生方が参加して頂いているので,一つの研究を達成すると医師,CRC,統計解析者などいい研究チームができて信頼関係が築けます。その人間関係がすごく大切ですし,面白いところでもあります。

日本循環器学会での活動

北園
ありがとうございました。また学会のほうに戻って,先生のメインの循環器学会でのご活動についてお伺いしたいのですが,3つほど挙げていただいています。まず,予防委員会ですか。
野出
日循理事は4期目ですが,重症循環器病の高度集中医療とともに先制医療としての予防が重要ですので,日循に予防委員会ができ委員長を拝命しています。循環器病予防は,すなわち生活習慣病治療ですので糖尿病学会,高血圧学会,動脈硬化学会との連携が大切で,糖尿病学会との合同委員会を昨年作りました。糖尿病学会から荒木先生,稲垣先生,植木先生にご参加頂いています。循環器学会と糖尿病学会は,メジャーな学会でありながら少し距離がありました。米国ではAHAとADA,欧州もESCとESDは合同委員会を作って,何かあればステートメントを出しているので,「心血管不全の予防のための血糖管理に関する合同ステートメント」を来年の日循と糖尿病学会で公表する予定です。今年,心不全診療ガイドラインを改定しましたが心不全予防のための項目が初めて入り,糖尿病学会の先生方に入ってもらって議論をしました。
北園
最近,予防が大事だということが注目されていますが,先生は早い時期から予防に対する活動を手がけていらっしゃると。
 さらに,ここは私も関係するかと思うのですが,脳卒中学会との「脳卒中と循環器病克服5カ年計画」について。
野出
今後,超高齢化社会の中で医療費の高騰を抑制する為にも,先制医療と適正な医療資源配分が必要です。予防に関しても従来の個別介入だけでなく,ポピュレーションアプローチも大切で,それには行政との連携が必須です。私よりも北園先生のほうがお詳しいかもしれませんが,癌に比べて循環器領域というのはパブリシティが弱かった。癌は,がん対策基本法があり,がん登録やがん拠点病院も行政主導で進んでいるので,循環器学会と脳卒中学会も合同で脳卒中・循環器病対策基本法を通して頂くように国に働きかけています。法案が通った後のプランとして「脳卒中と循環器病克服5カ年計画」が昨年作成されましたが,医療政策,人材育成,予防啓発,データ登録,研究の5本柱があり,私は予防啓発を担当しています。脳卒中学会と循環器学会が,今回この計画を作るに当たって膝を突き合わせて話し合い,2学会が一緒に連携したというのは大きいですね。今後,循環器学会,脳卒中学会,動脈硬化学会,循環器病予防学会,高血圧学会などで循環器予防コンソーシアムができればいいですね。
北園
ぜひ一緒に協力して通したいですね。
野出
はい。法案が通ったら循環器・脳卒中診療は変わります。
北園
そして,日本循環器学会の九州支部長は何年からですか。
野出
3年前からですが,支部でも独自にできることがあるかと思い,私が支部長になって1. 若手活性化,2. 男女共同参画,3. 基礎研究活性化,4. 小児循環器診療の充実,5. 国際化の5つを目標としました。若手活性化に関しては全て若手にまかせる心電図セミナーやエコーセミナー等の教育セッションを地方会で行いましたが,初回のセミナーは,超満員で立ち見が出ました。そのセミナーの影響もあるのか,九大の樗木先生が会長の地方会には過去最高の1,100人が集まりました。
北園
どこでされたのですか。
野出
アクロス福岡で若手教育セミナーの会場は廊下まであふれて,椅子を並べてやりました。まず若手に関心を持ってもらい,循環器に注目してもらうということです。私の医局の入局者も,そこに参加した研修医も何人かいます。研修医のときに参加して,世代が近い若手の先輩が頑張っているのを見るのもいいですね。地方会の座長は2人制なので,1人はベテラン,もう一人は若手を配置する。特に女性ですね。そうすると,若手も座長を経験することで勉強になるし,若い女性が座長をしていると見ている女医さんもモチベーションが湧きます。若手活性化委員会と男女共同参画委員会を作り,若手や女性の九州支部評議員もかなり増やし,現在日循九州支部評議員の2割は女性で,地方会の女性座長は3割を越えています。基礎研究の活性化に関しては,基礎研究のアワードを作り,多くの基礎研究者に九州支部評議員になって頂きました。小児循環器では先天性心疾患の領域が大事ですので,それに関するセッションや九州内での円滑な小児循環器の診療連携のための小児心疾患協議会が福岡市立こども病院の石川先生の御尽力で作られ,小児科の先生にも多く参加して頂いています。熊本震災の時に熊本の小児循環器診療が大変だったので,平時から各県の医療機関との情報を共有しておこうというものです。心臓外科の教授の先生方には全員評議員になって頂き,内科と外科の距離を近くして裾野を広げています。国際化に関しては,去年の地方会では,初めて演者をイタリアから招聘して講演して頂きました。
北園
非常に珍しいですね。
野出
6月に鹿児島で日循地方会がありますが,鹿児島大の大石教授が東アジアから若手を5人招聘されます。
北園
総会並みですね。というか,それ以上かもしれない。
野出
総会は欧米の大御所の先生を呼ぶでしょう。その招聘には多額の費用がかかります。アジアから若い人を5人呼ぶのに,5人合わせても大御所の先生の招聘費一人の5分の1で済みました。九州はアジアに近いし格安航空で来れるので,それなら支部でサポートし,どんどん若い人に来てもらって交流させて,国際セッションをする。若手に来てもらう方が喜んで頂けるし関係も長く続きます。また,韓国や中国からよりはむしろインドネシア,シンガポール,マレーシア,タイとかの国の人を呼ぶことで今までになかった国際交流が図られるので,そういうことを地方会でやっていこうと。
北園
若い支部長がどんどん支部を活性化されていっているという感じがしますね。
 まだまだいろいろとお聞きしたいのですが,時間が来てしまったので,最後に,学会活動を含めた今後の展望を教えていただいていいですか。
野出
基礎研究は自分の研究が臨床に応用されるように私のライフワークでもあるEET に関する創薬を始めて血管不全の治療薬を目指しています。臨床研究は臨床研究法下での質の高い多施設介入研究や観察研究をもっと発展させたいと思います。
 学会に関しては,細分化された学問領域や学会が再統合する時期に入っていると思います。日循も心臓病学会と将来像を話し合っていますが,今後はそれぞれの学会の利益や枠組みを超えて,会員や社会の為に何ができるかを考えています。研究者や医療者の為の学会とともに,成果を社会に還元し,社会や市民から高く評価される学会に変容することに,少しでも関われたら嬉しいですね。
北園
わかりました。本当に素晴らしいお話をありがとうございました。これからますます御活躍されることを祈って居ります。

バックナンバー