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対談

対談 ステロイドの上手な使い方のコツ

語る人

九州大学病院別府病院病院長
堀内 孝彦

聞く人

九州大学名誉教授 「臨牀と研究」編集委員
大石 了三

大石
本日は,九州大学病院別府病院の病院長,堀内孝彦先生に,「ステロイドの上手な使い方のコツ」について,いろいろとお伺いしたいと思います。
 先生とは私が現職のときに何回かお会いしていますが,恐らく薬事委員会とか治験審査委員会でしたので,申請する側と審査する側という立場上,結構かたい感じでしかお話ししていないと思いますけれども,本日は気楽な感じで,ぜひよろしくお願いいたします。
 先生は,別府病院に行かれて5年,そして,病院長ではもうすぐ3年ということですけれども,別府病院の状況とか,病院長の仕事はいかがでしょうか。

別府病院について

堀内
お尋ねいただきありがとうございます。今,別府病院では,再開発が具体的に進んでおりまして,来年度の概算要求を文科省にお願いに行くことになっております。順調に行けば,今から4年後ぐらいには新病院が建つ予定です。ただ,東京オリンピックで資財がかなり高騰していまして,1期ではできないので,2期ぐらいに分けようかという話になっています。そのあたりは,これからまたやろうと思っています。
 この病院は昭和6年に創設されました。当時は温泉の効能を難病に使おうということもあって,私たちはこれまで関節リウマチなどをたくさん診てきました。今ちょうど高齢化の話が出ていまして,増田寛也氏が座長を務める日本創成会議から提言された日本版CCRCには,元気なお年寄りが移住するのに良いとされた候補地41ヵ所が出ているのですが,そのトップ2のうちの1つが別府です。それは,医療機関,大学病院,介護施設といったものが全部そろっているからですが,別府市では,九大別府病院の再開発と連動して,高齢化社会に対応できるような知恵を出せないかということもやっています。
大石
CCRCというのは何ですか。
堀内
“Continuing Care Retirement Community”の略です。団塊の世代が75歳以上になってくると,介護などを含めて,計算上はもう首都圏だけでは支えきれない。ですから,なるべく元気なうちに地方に移ってもらって,そこで地域にも活力を与えながら元気に生活してもらおうという,どっちかというと,国の政策ですよね。200万人ぐらい人が余ると言われているみたいですけど。
大石
別府はやっぱり,温泉を利用していかないともったいないですよね。
堀内
はい。そういう代替医療も含めてという話になっています。再開発もあるし,外来も週3回していて,あしたは回診があるので朝から帰らないといけない。そういったことで,ちょっと大変ですけど,やりがいはあるなと。多分,私が定年退職した後ぐらいに病院が建て変わります。そういうのも巡り合わせかなと思っています。
大石
別府病院の患者さんというのは,別府市の方が何割ぐらいを占めていますか。
堀内
7~8割ぐらいだと思います。あとは県北の,宇佐,中津,国東の人たちが3割ぐらいいます。あのあたりも医療過疎になってきているので,そういった人たちがJRや車に乗ってやってきています。
大石
そうしたら,高齢の患者さんの率はかなり高いですね。
堀内
ええ,そう思います。別府市では日本の高齢化率の十数年先を行っています。私,職員に言っているのですが,別府は高齢者医療の先進地だから,ここでの経験を日本に還元していこうじゃないかと。それが別府市がやろうとしていることですし,九大別府病院が目指す一つの方向性ではないかと思っています。
大石
診療と病院長の仕事,それに研究も入ってくるでしょうから,非常に大変だと思いますけれども,頑張っていただきたいと思います。
堀内
ありがとうございます。好きでやっていますので。

「ステロイド特集」について

大石
さて,本日はステロイドの特集にあわせた対談会です。ステロイドの特集は『臨牀と研究』で結構頻繁にしています。この特集を企画するときは,ステロイド療法というのは変化があまりないし,新しいこともそうないので,たびたびしても仕方がないのではないかと思うのですが,出してみたら結構ニーズがあります。どういうニーズかというのはよくわからないのですが,本が売り切れることもあります。先生方に原稿をお願いするときは,またやるのかと言われるのではないかと思っていつも冷や冷やしていますが,先生は,どうして購入して読んでみようという人が多いと思われますか。
堀内
これは私なりの見解ですけれども,みんなステロイドのことは知っていて,開業医の先生たちも結構使われます。関節注射とかも含めて,体が痛いというときに使うのですが,実はあまりよくわかっていないこともあったりします。ステロイド自体はもう非常に安い薬なので,何もしなくてもよく売れるから,製薬会社が勉強会をしてくれないので,その知識が広がっていかないのだと思います。
 そもそも,1935年にステロイドを分離して,1948年に初めてリウマチに使って,1950年にヘンチとライヒシュタインとケンダルがノーベル賞をもらいました。その当時なので,厳密なものではないですが,その使い方やエビデンスは1950~70年代に大体出そろっています。また,1950年以降,新しい経口ステロイドは出ていません。ある意味,古い薬なので,いろいろな病気に使われるようになっても,世界的にも使い方のガイドラインみたいなものができていません。例えば,初期量をどれぐらいにするか,減らし方をどうするか,どういうときに使うかというのは,割と個人の先生方の経験則によるところも大きい薬と思います。
大石
ガイドラインとして,具体的な数値みたいなものはないし,ステロイド治療を行うとは書いてあっても,じゃ,具体的にどうするかというのは,あまり書かれていないということですね。
堀内
はい。実は,具体的にどうしないといけないかというのもあまりありません。それから,ステロイドの作用機序とか構造というのはすごく専門的で難しいということもあって,それをもう一回振り返って勉強し直すということがあるのかもしれません。
大石
そうですね,メーカーの勉強会というのはないですよね。
堀内
ステロイドの使い方の勉強会は全くないし,ステロイドの作用機序の話もない。
大石
学会の研修会みたいなものはありますか。
堀内
リウマチ学会でもないですね。
大石
そうすると,各個人のさじ加減に依っているというところが結構あるわけですね。
堀内
大まかなところのコンセンサスはあるのですが,細かい修飾は皆さんがされています。
大石
編集委員会では,皆さん,不安ながら使っている方が結構多くて,特集が出たら,ちょっと読んでおこうかということで,買われるのかなと話していました。

ステロイドの基本的知識

大石
ステロイド,ここではグルココルチコイドですけれども,これの薬理作用というか,生理作用は結構難しくて,薬理の講義でも一番大変なところです。抗炎症作用と免疫抑制作用と言ってしまったら,もうそれで終わるような感じになる。それではいけないだろうと思うのですが,医師が実際に使う場合に,どれぐらいのことまで理解しておいたほうがいいとお考えでしょうか。
堀内
まず,ステロイドを使うときのバックグラウンドとして,生理的なホルモンの作用──生体内でのグルココルチコイドの作用と,もっと大量に使ったときの薬理作用──抗炎症作用や免疫抑制作用といったものは,少し分けて考えたほうがいいかと思います。
 一般的なステロイドの作用機序として,グルココルチコイドの受容体に,コルチゾールなり,外来の合成ステロイドがくっついて,それが核内に移行して,そこから生理的なホルモンの作用とか薬理作用を起こしていくということは,漠然とでも知っておくべきだろうと思います。
 また,最近は,ステロイドが直接,細胞膜とか,いろんな分子に働くといった,レセプターを介さない別の作用というのも言われているので,そういったものも,ステロイドの効果の出方とか,パルス療法を考えるときに必要かと思います。
 細かいことを言い始めるとなかなか難しくて,例えば,ステロイドを投与している患者さんはムーンフェイスを嫌がります。顔はムーンフェイス,肩はバッファローハンプと言いますけど,なぜステロイドで脂肪の代謝が妨げられてそういった症状が起こるのか,なぜそこだけなのかといったことを,お恥ずかしいですが,臨床の医者はあまりよく知りません。
大石
わからないですね。肥満と思っている方もおられるでしょう。
堀内
そうなんです。でも,それは肥満ではなくて,手足は細くなるのです。それすらなぜそうなるのか誰も説明してくれない。たくさん使われているいい薬だけど,実はその副作用一つとってみても,あまりよくわかっていないことも多いです。
大石
それだけ多種多様な作用があるから,まあ,気をつけて使いなさいよということにもなるわけですね。
堀内
そうだと思います。

ステロイドをよく使用する疾患

大石
実際に今,ステロイドはいろんな疾患に使われています。関節リウマチ,潰瘍性大腸炎,クローン病などでは,生物学的製剤が随分出てきたので,ステロイドの立場もだいぶ変わってきたと思いますが,一番よく使う疾患は,先生のご専門の膠原病でしょうか。
堀内
量的にということですか,それとも頻度ですか。
大石
頻度で。それから,ステロイドを治療の中心として使用するのはどういう疾患になりますか。
堀内
やはり抗炎症作用あるいは免疫抑制作用を期待するという部分が大きくて,そうなると,膠原病,リウマチ,臓器の移植後や,血液の悪性疾患などでもプレドニゾロンを使うことがあります。
大石
悪性リンパ腫とか多発性骨髄腫では,ステロイドがレジメンに入っていますよね。
堀内
ええ,悪性リンパ腫のCHOP療法にも入っています。CHOPのPはプレドニゾロンです。あるいは,腎臓のネフローゼとか,そういった病気では必ず使っていると思います。ただ,リウマチ,潰瘍性大腸炎,クローン病には,昔はステロイドをたくさん使っていましたけど,先生がおっしゃったように,今は生物学的製剤が出てきて,私の専門のリウマチでいうと,使うのは最初の短期のみで,せいぜい半年ぐらいでやめて,あとは標準的なほかの免疫抑制剤にしましょうというガイドラインが出ています。なので,なるべく使わないようにする。その理由は,生物学的製剤と一緒に使いますから,ステロイドを5㎎使っていても,感染症とか,そういったリスクが高いという話になっています。
大石
それは,膠原病やネフローゼなどでは,ステロイドにかわるものがなかなか出てこないということですか。
堀内
いえ,ありますけど,やはりステロイドは効果が確実で早いし,みんなが使い慣れているというのがあって,第一選択で使います。一般的には,それを使ってもだめな場合に免疫抑制剤,例えばアザチオプリン,シクロホスファミド,タクロリムス,MMFという話になるのですが,まずはステロイドですね。

ステロイドパルス療法

大石
特に症状が強く出た急性期とか活動期には,まずはステロイドということですか。
堀内
はい。まず,活動性によって大量投与が必要な場合は1㎎/㎏/day,体重60㎏の人だったら60㎎でやって,だめならステロイドパルス療法のメチルプレドニゾロン1gを考えます。
 パルスにも,1gの点滴を3日連続でいくという人もいれば,0.5gを3回とか,1回だけとか,いろいろと作法があるのですが,1970年代前半にいくつかの難治性疾患に使われた原法では,メチルプレドニゾロン1gを1日1回ずつの3日間やって,それでもだめなら免疫抑制剤をいくという話になっています。免疫抑制剤のシクロホスファミドはいい薬で,よく使いますけど,発癌性とか,生理が止まることもあって,若い人たちには使いにくいので,ステロイドのほうが使われるということになります。
大石
今パルスの話をされましたけど,それは大学等によって若干使い方が違ってくるということもあるわけですか。
堀内
多分違うと思います。ただ,原法に則っているところが多いので,メチルプレドニゾロン1gを5%ブドウ糖液に入れて,それを1日1回,3日間点滴するというのが標準です。NaClが入っているとステロイドの電解質作用とか,いろいろとあるのでブドウ糖に入れます。それもちょっと修飾して0.5gを3日とか,そういう場合もあるし,若干違います。
大石
3日間を1クールとして,それを繰り返すことも普通にあるわけですね。
堀内
あります。そこから先はそれこそさじ加減で,3日間1クールを1回やって効いたかなということで,もう1回とか2回とか,ほかに治療法がなければいきますけど,1回いって数日間効いたように見えても,その後やっぱりいまいちかなと思ったら,もうその時点で免疫抑制剤とか,ほかの薬に変えるということはある。
大石
2回やるときというのは,その間は経口剤でずっと,漸減させていってつないでいくわけですね。
堀内
そこもまたいろんな人がいろいろとやっていて,1日60㎎の人もいれば,40㎎にする人もいたりして,幅があります。
大石
その期間はどれぐらいあけますか。
堀内
それもさまざまですね。最低でも1週間ぐらいはあけると思いますけど,状況によっては2週間ぐらいあける時もあります。パルスを最初3日間いって,また1週間あけていくという場合もあるし,もっとあける場合もあります。それはまた病気の推移を見ながらということになりますから,マニュアル化ができない。そのあたりが極めて難しいですね。
大石
その判断というのは結構難しいところがあるわけですね。
堀内
そうですね。そもそも,なぜメチルプレドニゾロンパルスが効いているかというのもよくわかっていないと思います。ステロイドのレセプターは,1㎎/㎏/dayぐらいいけば飽和されると言われているのに,それをはるかに超えて,10倍,20倍のステロイドをいく理由もよくわかっていません。昔,私が聞いたのは,鳴らなくなったテレビとかラジオを1回蹴飛ばしたら直ることがあるだろうと,そんな感じなんですよ。多分そこからあまり変わっていなくて,なぜメチルプレドニゾロン1gで効くのかという,そこの理論的背景もよくわかっていない。ですから,使い方もいろいろです。
大石
だけど,いろんな疾患で活動期のときにパルスをすれば,かなりの割合に効くわけですね。
堀内
はい,ショック療法みたいな形でかなり効きます。ただ,佐賀大学におられた長澤浩平先生が出されていますが,全身性エリテマトーデス(SLE)では,メチルプレドニゾロンパルスをしたほうが大腿骨頭壊死を有意に起こしやすいということです。大腿骨頭壊死は不可逆的なものなので,やっぱり避けたい。なので,ためらう。だから,まずは1㎎/㎏/dayでいく場合が多い。それでもだめならパルスへいく。ショックみたいになって,もうこれはおかしいと,あるいは血液の病気でも,ITPで血小板がガーッと落ちて,もうどうしようもないというときは最初から入れることがありますけど,よっぽど追い詰められない限り,最初からいくということは少ないかもしれません。
大石
経口剤で中等量ぐらいですか。
堀内
経口剤を60㎎ぐらい。だから,大量ですね。理論上は,まずステロイドのレセプターを飽和する量をいって,だめな場合はちょっと蹴飛ばすと。
大石
理論的には60㎎で飽和すると。
堀内
そう言われています。でも,やった人はあまりいないので,それが本当かどうかもわからないです。細胞レベルではそういうことが言われています。ですから,一応60㎎で飽和すると言われています。
大石
そうしたら,メチルプレドニゾロン1gであれば,それ以外の作用というのも大いにあり得るわけですね。
堀内
そうです。ですから,先ほど申し上げましたけど,いわゆるゲノム機序といいまして,レセプターにくっついて,それが核の中に入って起こす作用というものではなくて,レセプターはもう飽和していますから,それ以外の直接の,例えばステロイドが膜にはまり込んで,膜のいろんな受容体とか,たんぱくとか,あるいは細胞の中に入って,シグナル伝達分子に直接くっついたり働いて何かするのではないかと。それは非ゲノム機序と言われていて,要はショック療法みたいなものですが,そういうものがあるのだろうと言われています。そのあたりを詳しく知っている先生はあまりいないのではないかと思います。

とくに重要な副作用管理は?

大石
今,大腿骨頭壊死の話をされましたけれども,ステロイド療法をするに当たっては,どうしても副作用の管理というのが大変で,ちょっと挙げただけでも10ぐらいはすぐ出てきますね。これも,総論では一つ一つ,こうしなさい,こうしなさいみたいなことが書かれるのですが,実際の診療の場で,それだけの副作用をどういうふうに管理しているのだろうかというのは,ちょっと不思議に思うところです。
堀内
私たちが副作用を考えるときは,一般的に,不可逆的もしくは非可逆的といいますが,戻らない副作用はやっぱり避けたいというのがあります。ステロイドの場合は,骨粗鬆症,それに伴う圧迫骨折ですが,それは,脊椎にはかなり起きやすくて,長管骨にはあまり起きません。私たちは,SLEの患者さんで1回調べたことがあるのですが,それでいきますと,半数ぐらいの方に骨塩量低下が起きています。
大石
ビスホスホネートとかを使用していても起こりますか。
堀内
調べた当時は,使用している人もいれば,使用せずにビタミンDとかだけでやっている人たちもいて,4分の1ぐらいの人は,いわゆる圧迫骨折を大なり小なり起こしていました。あとは,大腿骨頭壊死も非可逆的なので,それはなるべく避けたいということです。もちろん感染症は命にかかわるので注意したいということで,優先順位とすると,感染症,骨代謝の異常,大腿骨頭壊死。あと,糖尿病とか高血圧あたりは,もちろん気にはしますけど,対処法があるし,ちょっと悪くなっても,よっぽどでない限り命を落とすことはありません。あと,緑内障は失明につながるから,眼科の先生と調整しながらということになります。
大石
そうしますと,大腿骨頭や脊椎などは,治療を始める前に検査されるわけですね。
堀内
はい。
大石
実際に使用されてからどれぐらいの頻度でモニターをされるのですか。
堀内
それも大事なご質問ですけど,大変難しいです。例えば大腿骨頭壊死を起こしやすい病気とそうでもない病気があって,SLEは多い。それから,最近言われているのはIgG4関連疾患です。ですから,病気によって,なりやすい人,なりにくい人がいます。
 それを早く見つけられるのはMRIです。普通のレントゲンよりもMRIがいいです。ただ,注意するといいながら,大腿骨頭壊死に予防法があるかというと,実はあまりわかっていません。ステロイドの投与量や投与方法に気をつけるとか,そういうことはあっても,予防法はありません。例えばステロイドを服用すると過凝固になるので血栓を作りやすいということも言われていて,ワルファリンとか,ヘパリンとか,高脂血症の薬を投与する治療はやられていますけど,明確な予防効果が出ていません。
大石
SLE自体にも血流障害を起こすようなことがあるから,起こりやすいということですかね。
堀内
そこもわかっていません。ただ,先生がおっしゃるように,抗リン脂質抗体症候群とか過凝固を起こしやすいSLEのタイプもありますから,やっぱりそういうものとも関連していると思います。例えばアスピリンは患者さんに対する負荷も少ないので,高脂血症の薬とかを一緒に投与するということは,注意してやるようにしています。
大石
胃潰瘍の心配は?
堀内
まさにステロイドが出てきた当初はそうでしたが,今はどうやら,ステロイド単独では消化性潰瘍を起こさないという話になっています。ただ,NSAIDと併用すると明らかに悪いと言われているので,そこがまた問題ですね。
 ちょっと脱線しますが,ラウル・デュフィという画家がいました。その人は色彩の魔術師と言われて,すごくきれいな絵を描く人でしたが,1938年ごろにリウマチになって描けなくなった。その当時のリウマチの治療薬というのはアスピリンぐらいでしたが,ステロイドがリウマチに効くという話になって,彼は1950年にアメリカに渡ってステロイドとアスピリンの投与を受けています。
 当時の主治医がN Engl J Medに書いていますが,彼は1950年に薬を飲み始めてすごく良くなって,また絵を描けるようになって喜んでいました。ところが,1953年に消化管からの出血で亡くなっています。まさに副作用で亡くなっているのです。ステロイドとNSAIDの併用がやっぱりよくなかったと。そういう話もあるぐらいで,やっぱり消化性潰瘍には注意しないといけません。当時と違って,今はH2ブロッカーとか,プロトンポンプ・インヒビターとか,いろいろとありますから,そのあたりを一緒に入れて予防するということです。
大石
ただ,予防しにくい副作用をどうやってモニターするかということですね。
堀内
ステロイドの投与の仕方を工夫することが必要ですね。それから,ちょっとおかしいなと思ったらMRIを撮ってみる。そうすると,大腿骨頭だけではなくて,膝とか,加重がかかるところに出ますので。
大石
感染の場合には,発熱とか,何か症状があってから対応されることが多いのですか。
堀内
そうですね。患者さんの症状で,体がしんどいとか,特に呼吸器の感染が多いので,咳が出るとか,息苦しいとか,熱が出るとか。あとはCRPとか,血沈とか,そういうのも客観的な方法として……。やっぱり熱が出て調子がおかしいといったら,まず,胸写ぐらいは撮ります。あとは採血。それから,ステロイドをいっているとそれだけでも好中球が増えているので,感染症との区別がつきにくいので注意します。
大石
でも,呼吸器の症状が出たら,とにかくすぐにかかるように納得してもらっておかないといけないですね。
堀内
特にステロイドの量が1日30㎎を超えると感染のリスクが上がると言われているので,それ以上のときはやっぱり注意してもらうということになります。それと,予防としては,インフルエンザのワクチンとか,肺炎球菌のワクチンとか,そういうものもあらかじめ打ってもらっておきます。それから,カリニ肺炎が怖いので,50㎎/dayとか60㎎/dayやっているときは,バクタを1日1錠,予防投与します。
大石
それはほとんどのケースでされるのですか。
堀内
65歳以上の方,糖尿病がある方,肺気腫といった既存の肺疾患がある方,ステロイドを20~30㎎以上投与している方,見るからに弱そうな方は,感染症合併のリスクが高いので,予防投与します。
大石
副作用の管理は非常に大変ですけど,副作用として出てくるような症状をあらかじめ疾患として持たれている方が非常に多いですね。ステロイド療法を始めようと思ったときに,糖尿病や骨粗鬆症をあらかじめ患っている方にはどう対応していかれますか。
堀内
ステロイド性骨粗鬆症に関してはガイドラインがあります。例えば,既存骨折の有無や年齢,YAM値やステロイド1日投与量でスコアリングしてあって,何点であればビスホスホネートをいきましょうと。ビスホスホネートという骨粗鬆症の薬は,65歳以上であったり,骨折の既往があったり,既に骨密度が低い方には入れています。
大石
既に飲んでおられる方は増量したりするのですか。
堀内
それ以上はないですね。だから,あとは時々骨密度を調べながら,それがどんどん悪くなっていて,ビスホスホネートがだめということになれば,次のPTH製剤のテリパラチドに変更します。
大石
糖尿病の患者さんはどうですか。
堀内
糖尿病は難しいですね。ただ,ステロイド糖尿病は,ステロイドをいき始めても,すぐではなくて,大体1ヵ月とか2ヵ月ぐらいで悪くなっていきます。また,空腹時血糖は高くなくて,昼食後とかに高くなるので,そういったものをまず測ってみます。もちろん最初から悪い方はすぐ治療しますし,もともと糖尿病がある人はさらに悪くなることがあるので,内服薬ではDPP-4阻害薬とか,昔,乳酸アシドーシスを起こすので使ったらだめと言われていたメトホルミンという薬がありますが,そういった糖尿病の薬をちゃんとモニターしながら投与したり,悪い場合はインスリンへいくとか,そんな感じで早めにチェックします。
大石
頻繁にモニターしてもらうということですね。
堀内
そうですね,空腹時の血糖値を診てもだめですから,食後に測ります。それから,糖尿病の家族歴がある方はやっぱり注意が必要です。

薬の飲み残し,飲み忘れ

大石
管理とか,いろいろなことを考えながらやらないといけないから非常に大変だと思いますが,後で考えたら,ああすべきだったなとか,そういった経験があればぜひお聞かせください。
堀内
私の診療分野は,膠原病なので,一般の方とは若干違うかもしれませんが,つい1~2年前に,薬の飲み残しや飲み忘れが年間何百億円分もあるということで問題になっていました。実は私たちもそれを感じていて,処方した薬をちゃんと飲んでいる患者さんは3分の2ぐらいだろうと思っています。残りの3分の1ぐらいの人は,飲み忘れたけど,まあ,いいかと。
 また,マスコミが一時期ステロイドの副作用をかなり報道していましたけど,調子が良くなると,ステロイドの量を自分で調整する人がいます。特に勉強している人ほどそうで,医者が飲めと言っても,ウーンといって飲まなかったり,医者に内緒で適当にやる人がいます。
 私の経験では,SLEの患者さんで,薬を飲んでいるのに調子が悪いな,おかしいなということがありました。その方は中枢神経障害で,少し精神の変調があったのですが,年齢がいって認知症になられたのか,病気が悪くなったのかがよくわかりませんでした。ちゃんと薬を飲んでいれば認知症が進んだということもわかりますが,結局,入院してもらってよく調べると,調子が良くなって自己中断して,途中から飲んでいなかったのです。そこのところは常に注意していなければいけないと思います。
大石
もちろん一般の薬でも飲み残しは多いのですが,ステロイドの場合は副作用がいろいろと出てきますので,できたら減らしたいということで,勝手に飲まなくなる方が多いということですね。
堀内
はい,勝手に止める方が時々います。実態は私たちにもわからないのです。
大石
不眠になるとか精神異常が出てくるということもありますが,そういうことも理由になりますか。
堀内
それは量が多いときです。1日に30㎎とか40㎎以上を飲まれている方は,ステロイドによる不眠とか,いろんな副作用を自覚します。でもその時は病気の具合も悪いので,どうにか飲んでもらいます。ところが外来になると,私たちも5㎎とか10㎎を目標に減らしていくし,患者さんとしては,病気が良くなって調子がいいので,もう飲まなくていいのではないかと思われます。「先生,これは一生飲まないといけないのですか」と聞かれて,「基本はそうです」と答えると,すごく嫌がられます。それはそうですよね,副作用がさんざん書いてあるから。でも患者さんには,「病気になる体質が変わるわけではないから,ある程度飲んでおいたほうが安心ですよ」と言います。もちろん良くなったら止める場合もあるのですが,止められない場合も多いので,「血圧の薬とか,高脂血症の薬とか,あれはみんな,一生とは言わないけど,ずっと飲んでいますよね」という話をします。でも,やっぱりステロイドは特別で,ずっとは飲みたくないという人たちが潜在的にたくさんいます。だから,隙があったら減らしたい,止めたいと思っている人たちが一定の割合いて,自己中断もあり得るということは常に注意していなければいけないと思います。
大石
維持量で止められたりしたら,今度はまた活動性になってくるわけですか。
堀内
はい。たとえばSLEのステロイド維持量は5㎎とか10㎎は目標にできます。さらにそれを止められるかどうかというのは,今の医学では予測できません。ですから,5㎎飲んでいる人がそのままぱっと止めてしまうと副腎不全になるので,止めないほうがいいのですが,徐々に減らしてゼロにしていっていいかどうかというのは,予測する因子がないのです。だから,減らしていってみないとわからない。それをするかどうかというと,ステロイド5㎎といったら,副作用がそんなにない。困るのはせいぜい骨粗鬆症ぐらいでしょうか。でも,危険を冒してどんどん減量して病気が悪くなったときに,もう一度,薬をもとにドーンと増やすといったことをするかどうかと考えたら,なかなかゼロにすることには踏み切れないのです。
 もちろん,ゼロにすることを試してみてもいいかなと思う病気もあります。例えばSLEは悪くなると命にかかわりますが,そうでもないような膠原病などは,1回止めてみてまた痛くなったら戻してみようかというので,止めてもいい場合もある。あるいは,ちゃんと飲まない人には教育的な意味で止める場合もあります。適当に飲んだり飲まなかったりしている人に,それならもう止めようかといって止めて,それで痛くなったら,やっぱりそうでしょうという場合もあります。基本的には,できるだけ注意して減らして,止めるにしても,本当に1日1㎎とか0.5㎎とか,そういう量まで減らしてから中止するということをやります。
大石
患者さんの理解を深めることが一番大事だろうと思うのですが,ステロイド療法を始めるとき,どれぐらい教育するのですか。
堀内
外来ではなかなか時間がとれないので,始める場合は大体入院していただいて,主治医から,こういう副作用があるので気をつけないといけないよということを教育しますが,特にステロイドの副作用というのは患者さんもよくご存じです。
 例えば,私の九大の同僚には,ステロイドの副作用である圧迫骨折の説明を十分にしていなかった患者さんがいて,その方は,圧迫骨折がひどくなって身長が縮んで,今度は肋骨が骨盤に当たるようになった。本当に説明していなかったかどうかはわかりませんが,カルテに書いていなかったので説明していないということになって,九大病院が訴えられる直前までいきましたが,どうにか踏みとどまっていただいた。それは私が九大に来る前の症例でしたが,その方と何回もお話しして,どうにか納得していただきました。特に不可逆性,もとに戻らない副作用についてはちゃんと説明しないといけないと思います。糖尿病とか,感染症とか,もちろん一通り全部説明しますけど,怖いものでは,緑内障になって目が見えなくなるといったことが起こり得て,わかっていても予防できない場合があるということは必ずご説明するようにしています。
大石
でも,あまり事務的な説明だと,信頼関係がなくなってくるから非常に難しいですね。
堀内
おっしゃる通りだと思います。ステロイドというのはすごく奥が深い薬だと思います。使い方も医者のさじ加減というのがいまだにある薬で,あんまり言うと,今度は患者さんが本当に怖がって,ちゃんと飲まなくなる可能性があります。ただ,「あなたを助けるためには,これは絶対に飲まないといけない本当に大事なお薬ですよ」ということは言っています。このステロイドのおかげで,今は膠原病の方とかもすごく救われている。私が1982年に卒業して研修医になったころは,膠原病にかかると周囲の人たちに,「あなたは可哀相だね,もう結婚もできないし子供も産めないね」と言われていたような時代です。その頃から比べると,ステロイドの使い方は随分進歩して,膠原病もコントロールできるようになりました。トライ・アンド・エラーでみんな使い方が上手になってきたと思います。
大石
わかりました。本日お聞きして,新たなこととか,いろいろと教えていただきましたけれども,特に膠原病のネフローゼなどでは,ステロイドの代替薬をもう少し開発されるといいように思います。ステロイドの量を減らさないと,その副作用管理からはなかなか免れないということですね。
堀内
SLEとかでも,今ごろはやりの生物学的製剤,例えば抗CD20抗体──リツキシマブという薬がありますけど,それを使ってステロイドを極力使わないようにしようという臨床試験をやっているところがあります。
大石
その適用は。
堀内
ありません。
大石
今からということですね。
堀内
はい,それは海外でやっています。ステロイドはなるべく使わないようにしようという臨床試験です。ただ,私は,ステロイドは安くていい薬だと思います。
大石
重症のときにかなり効くというのはやっぱり大事ですね。
堀内
そうですね。今まで何十年も使用された歴史がありますし,皆さんその使い方を大体ご存じなので,いまだに第一選択になっているということだろうと思います。
大石
先生には今後,使い方のコツをいろいろと入れてもらったガイドラインのようなものを出していただけると,臨床医には役に立つのではないかと思います。
 本日は貴重な話をいただきまして,ありがとうございました。

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