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大道学館コラム 第3回

心原性脳塞栓発症予防における抗凝固療法

心原性脳塞栓は、心臓内(多くは左心房内)の血流うっ滞により血液が凝固して赤色血栓を生じることが原因となって発生しますので、予防には抗凝固療法が必須です。血液凝固は複雑なカスケードとネガティブ・フィードバック機構によって精密にコントロールされています。多くの凝固因子の中で、臨床的に抗凝固療法のターゲットとなっているのは、カスケード最終産物であるトロンビンとその活性化因子・第Xa因子です(下図)。

経口・抗凝固療法

ワルファリンはビタミンKに拮抗することで、肝臓におけるビタミンK依存性・第II(プロトロンビン)、 VII、 IX、 X因子の生合成を抑制します。ビタミンKを多く含む食品を摂るとワルファリンの作用が減弱しますが、ビタミンKは腸内細菌叢によっても産生されています。抗生剤投与により腸内細菌叢が乱れるとビタミンKの産生が一時的に抑制され、ワルファリンの効果が増強することがありますので注意が必要です。血液中の凝固因子の活性を直接抑制するのではなく、肝臓での凝固因子産生を抑制することで効果を発揮するため、効果発現が遅いという欠点があります。また、ワルファリンの必要量はかなり個体差があるため内服開始時には用量設定に労を要します。一方、効果消失も緩徐ですので、脳出血などの出血性イベントが生じると凝固因子製剤やビタミンKの補充が必要になります。しかしながら、高齢者にありがちな飲み忘れにはアドバンテージとなる可能性もあります。

過剰な抗凝固療法は正常な止血も抑制しますので、出血のリスクが高まります。日本人は欧米人と比べると脳出血の頻度が高い民族であることが知られています。単純に高血圧の頻度や塩分摂取量の問題のみならず、血管構築上の問題もあるようです。故に日本の脳卒中専門医は、抗血栓療法に際して脳出血の発症に細心の注意を払います。このことを理由に、欧米におけるワルファリン内服のコントロール基準値(PT-INR 2-3)に対して、とくに弁膜症のない高齢・心房細動患者では少し弱めにワルファリンを効かせること(PT-INR 1.6-2.6)が推奨されています。また、脳出血を予防するために、抗凝固療法を行う際には厳格な血圧管理が必要です。

ワルファリンは、用量設定が難しく頻回の採血が必要なこと、食事・薬物併用に制限が生じてくることなどから、代替薬の登場が長年望まれてきました。 昨年(2011年)ついに、経口・直接トロンビン阻害剤・プラザキサ® (ダビガトラン)が登場しました。この薬は、プロトロンビンの産生には関係なく、血中で直接的にトロンビン作用を阻害しますので、1)効果発現が圧倒的に早いのが特徴です。また、2)ワルファリンほど作用に個体差が少なくモニタリングする必要がほとんどない、3)選択的作用であるため出血のリスクが少ない、ということを利点として日本においても処方が一気に拡大しています。一方で、抗凝固療法が適応となる心房細動患者の多くは心血管病のリスクを有する高齢者であり、腎機能低下を認めていることが多いため、薬剤使用が制限されることも少なくありません(クレアチニンクリアランス<30ml/minでは禁忌、30-50ml/minで減量)。プラザキサによる出血性合併症の発生は、内服開始比較的早期に生じやすいことが指摘されています。1日2回の内服が必要であり、効果発現が早いと同時に効果消失も早いため、とくに高齢者では飲み忘れに注意が必要です。

これに引き続き、本年(2012年)1月、心原性脳塞栓予防薬として、経口第Xa因子阻害剤・イグザレルト®(リバーロキサバン)の製造販売が承認されました。さらに今後、他の経口Xa阻害剤も承認されるものと思われます。Xa阻害作用の強い低分子ヘパリン製剤は、出血性合併症が少ないことを利点として、整形外科周術期における深部静脈血栓症予防薬として既に使用されています。出血のリスクがより少なく、1日1回の内服でよいのがこの薬の利点と考えられ、心原性脳塞栓予防薬としてこちらも今後処方が拡大することが予測されます。ただし、これらの凝固因子・直接阻害剤は、ワルファリンと異なり厳密な意味での効果モニタリングが行えないことや、出血性合併症が生じた場合の対応が難しいこと、などが懸念されています。

心原性脳塞栓の発症予防に対する意識が高まる中、経口・抗凝固薬は、ワルファリン、トロンビン阻害剤、Xa阻害剤と治療オプションが増えてきました。これらをどのように使いわけるかが今後の課題といえます。当面は、年齢・コンプライアンス・ワルファリンに対する耐性、出血リスク、さらには経済的側面などを考慮して使用することになりそうですが、治療実績が蓄積し、よりよいガイドラインが策定されることが望まれます。

(2012.1/24)

著者紹介
九州大学病院腎・高血圧・脳血管内科 講師
医学博士 吾郷 哲朗