• ホーム >
  • 対談 >
  • 実地医家が知りたい睡眠に関する素朴な疑問

対談

対談 実地医家が知りたい睡眠に関する素朴な疑問

語る人

久留米大学精神神経科教授
内村 直尚

聞く人

誠愛リハビリテーション病院長
「臨牀と研究」編集委員
長尾 哲彦

睡眠とは?

長尾
本日は,「睡眠」をテーマにいたしまして,久留米大学副学長,医学部長,精神医学講座主任教授の内村直尚先生にお越しいただきました。どうぞよろしくお願いいたします。
 まず,非常に素人的な質問で恐縮ですが,「睡眠とは何か」ということをちょっと考えてみたいと思います。あらゆる生き物,動物は睡眠をとりますが,これはどうして必要なのでしょうか。
内村
動くから眠る必要があるのか,あるいは眠るから動けるのか,鶏が先か卵が先かということはあるのですが,最近の研究で,眠ることによって脳や体の休息をとるということで,積極的に眠ること自体が活動性につながってくる,脳と体を維持していく上では睡眠が大事だということが言われています。
 特に最近では,人間は覚醒している間に脳に老廃物がたまってくる,その老廃物を眠っている間に脳脊髄液から排出していくということがわかってきました。特に,アミロイドβが起きている間に蓄積されるので,睡眠が短くなってくるとアミロイドβが排出されずに,アルツハイマー病になるのではないかということも言われてきて,そういう意味では,脳の活動を維持するためには,やはり眠ることが最低限必要なのではないかと言われています。
長尾
例えば,草食動物は睡眠中にライオンに食われるというようなリスクもあるわけですが,睡眠のかわりに休息を長くとることで,そういうリスクを回避することはできないものですか。
内村
脳の働きを抑制するという意味では,普通の休息よりも睡眠のほうが,脳や体を本当の意味で活性化させ,維持できる。だから,草食動物は横にならずに眠っています。睡眠は体にとっても必要ですけど,横になった状態では命が危ないので,立ったまま眠っている。魚は泳ぎながら脳を半分ずつ眠らせて,生命を維持できる状態で睡眠をとっている。人間は戦国時代,横になって十分な睡眠をとるのはなかなか難しかった。それがだんだん平和な世の中になってきたので,横になって睡眠をとるようになった。睡眠のとり方は,安全性が確保できるか,ほかの動物から襲われないかどうかということで進化してきている。だから,鳥は横にならずに木に止まったまま眠っています。
長尾
脳は休んでいるけれども,筋の緊張は保たれていると。
内村
ええ。
長尾
我々人間にはそういった睡眠はないのですか。
内村
病的になった場合に出てきます。普通,睡眠というのは,レム睡眠とノンレム睡眠に分かれています。レム睡眠というのは,脳が活発に動いていて夢を見る睡眠ですが,そのときには筋の活動性が落ちている。それはどうしてかというと,もし夢を見ているときに体が動いたら,夢の内容が現実に起こってしまう。例えば夢の中で喧嘩をしていたら,横に寝ている人を思わず殴ってしまったり蹴ってしまったり,いわゆる夢の暴走が起こるために,錐体路に抑制がかかって,レム睡眠中は体が動かないし,寝言も言えないようになっている。
 レビー小体型認知症やパーキンソン病の前駆症状と言われているレム睡眠行動障害という睡眠障害は,レム睡眠期の筋肉の活動性が低下せずに増加したままなので,夢の内容に一致して大声を出したり横で眠っている人をたたいたり,けったり暴れたりできる。普通,人間の場合は,眠っているときには筋肉の活動性が低下して,横になって眠るようになっているのですが,病的な状態になると,レム睡眠中でも筋活動が増加してしまう。また,お年寄りの夜間せん妄のときもレム睡眠中の筋活動が上昇しています。
長尾
隣に寝ている配偶者を怪我させたりすることがあるみたいですね。
内村
はい。自分自身もベッドから落ちて怪我したり,壁にぶつかって外傷を伴うこともあります。

睡眠時間はどのくらい必要か?

長尾
睡眠が非常に大事だということはよくわかりました。
 さて,不眠を訴える患者さんはとても多くて,ずっと睡眠をとらなければ疲労困憊するというのはわかるのですが,ほかにどんなことが起こってくるのですか。
内村
ずっと寝ないと,まず体が疲れてきます。当然,脳も疲れてきますから,集中力や思考力が低下してくる。普通7~8時間眠る人が睡眠時間を4時間ぐらいにして4日間続けていると,脳の機能は泥酔時と全く同じ状態になる。だから,酔っぱらい運転と同じで,脳の活動も落ちてきますし,体の動きや反応も落ちてきます。特に集中力や思考力など認知機能が低下します。3日ぐらい続けて起きていると幻覚が見えてきますが,普通の人は4,5日目で眠ってしまいます。断食はできますけど,断眠はできません。
 だから,4~5日の徹夜がせいぜいですよね。世界記録はアメリカの学生が作った12日です。それはちゃんと脳波をとりながら記録しています。日本記録は約7日です。普通,人間は眠らないと,思考力や集中力,認知機能が低下してきて,体力も落ちてきて,3日目ぐらいで異常な反応が出てきて,4~5日たったらどんなに我慢しても,マイクロスリープといって,瞬間的に眠ってしまう。例えば,徹夜した翌日,車を運転していても信号待ちのときに瞬間的に眠ってしまうことがあると思います。だから,睡眠というのは唯一人間が抑えきれない欲望です。人間の本能というのは,食欲,睡眠欲,性欲の3つで,食欲と性欲はある程度コントロールできますけど,睡眠だけはコントロールできません。
長尾
実は私,ここに来る前にある講演会を聞いたのですが,それこそ意思に反して瞬時眠っておりました。
 時々,睡眠時間は4~5時間でいいとおっしゃっている方がいますけど,そういう方も瞬時に眠っていて,結局,足すと6~7時間眠っているのですか。
内村
睡眠時間には個人差があって,ショートスリーパー,ロングスリーパーの方がいる。定義的にいうと,ショートスリーパーというのは,5時間未満の睡眠をずっと続けても昼間の生活に全く支障がない,昼間に眠気も感じないし,思考力や集中力も普通に発揮できる人,ロングスリーパーというのは,10時間以上眠らないと昼間のパフォーマンスが落ちる人のことをいいます。
 それは遺伝子レベルである程度決まっていて,大体,小学校の低学年のころの睡眠状態で,その人の睡眠は短いのか長いのかというのがわかります。小学校の3,4年生ぐらいから塾に行き始めて,それ以降,睡眠の長さには社会的要因や環境的要因が関係してきます。したがって小学校低学年の睡眠時間を聞くと,その人にとって本当に必要な睡眠時間がわかります。
 ただ,年齢とともに睡眠時間はだんだん短くなってきて,思春期のころに一過性に少し長くなります。特に女性は思春期にホルモンの関係で長くなって,そしてまた,20歳を過ぎてだんだん短くなってきます。また,季節によっても違って,夏は日照時間が長いために短くなるし,冬は日照時間が短いために長くなります。
 普通の方の睡眠時間は7~8時間ぐらいが最も理想的だと言われています。ただ,自称ショートスリーパーの方がたくさんいて,自分は4時間で十分だと言っていても,会議中に居眠りしたりしている。あるいは,満員電車で朝2時間かけて通勤しているような人は,立ったままマイクロスリープ法で瞬間的に眠っていますから,自分では眠っていないと言っていても,実際には眠っている人が多い。ナポレオンも3時間しか眠っていなかったといいますが,馬に乗って移動していたので,馬の上で眠っていたのではないか。立場が偉くなって車で通勤したり移動している人はそこで眠れます。ただ,本当に5時間未満で昼間の生活に支障がない方は少ないと思います。

睡眠のリズム

長尾
我々は夜になると眠くなって眠るわけですけど,睡眠のリズムを作っている仕組みはどういうふうに説明されていますか。
内村
我々がなぜ眠るかというと,大きく2つのメカニズムがありまして,1つは,睡眠欲求が高まれば高まるほど眠たくなるわけです。簡単に言うと,睡眠欲求というのは覚醒している時間が長くなればなるほど高まっていきます。ですから,徹夜明けというのはすごく眠たくなりますよね。朝起きて,ずっと長く起きていればいるほど我々は眠くなってくるので,お年寄りがお昼御飯を食べた後に長く横になってしまうと,うつらうつらしてそこで睡眠欲求が低下してしまうから,夜眠れなくなってしまいます。
 また,主婦の方で多いのが,夕御飯を食べた後,ソファーでテレビを見ながらうつらうつらする。そして,いざお布団に入ると眠れない。せっかく朝から睡眠欲求を高めていったものが,夕食を食べた後ソファーでうつらうつらしたために睡眠欲求が下がってしまって,床に入っても眠れないという人が意外と多い。そういう人に「夕食後にソファーの上でうつらうつらしないように」と言っても,「私の人生の中で唯一の楽しみを奪わないでください。それを奪われたら何の楽しみもない。何のために生きているかわからない」と言われる方が多い。睡眠欲求を上げていって,そのまま床に入ればすぐに眠れるのに,一旦うつらうつらしてしまうと,そこで睡眠欲求が下がってしまいます。
 人間は,睡眠欲求が高まれば高まるほど眠れる。これは睡眠物質がたまっていって眠るわけですけど,そういう意味では,いかに覚醒している時間を長くするかというのが1つのポイントです。
 もう1つは,視床下部の視交叉上核にある体内時計によって睡眠・覚醒リズムが規定されます。朝起きて光を浴びて覚醒レベルがだんだん上昇していって,一般に約16時間後ぐらいから松果体からメラトニンが分泌されて眠るようにできています。すなわち,朝起きて15~16時間たってきてから眠気が出現する。リズムは体内時計によって作り出されています。
 さらに最近の研究では,メラトニンが分泌され覚醒レベルが下がるとともに,オレキシンという覚醒を維持する神経物質が低下してきます。そのオレキシンの濃度が低下することによって覚醒が抑制され眠りに入ります。我々人間の睡眠・覚醒レベルというのは,睡眠欲求と体内時計とオレキシンの3つによって決まってきます。

レム睡眠とノンレム睡眠

長尾
さて,先ほど先生のお話にも出たレム睡眠,ノンレム睡眠は随分有名になっています。片方だけでは十分ではないと聞きますが,どうしてそういう2つのパターンが必要なのでしょうか。
内村
生まれてすぐはレム睡眠のほうが優位です。もともとレム睡眠のほうが古くから存在していて,高等動物になってからノンレム睡眠が出現してきています。生まれてすぐの赤ちゃんの睡眠は3分の2ぐらいがレム睡眠です。年齢とともにだんだんノンレム睡眠が増えてきます。
 レム睡眠中の脳の状態は覚醒に近く,主に夢を見ます。そして,筋肉が弛緩しますから,体を休息させるような働きを持っています。ノンレム睡眠は深い睡眠を引き起こして脳自体を休息させています。また,レムおよびノンレム睡眠ともに記憶と関係しています。レムとノンレムの役割はそれぞれ少しずつ違っていて,より体の休息をとるのがレム睡眠で,脳の休息をとるのがノンレム睡眠ということで,その2つの役割がバランスをとっています。
 ノンレム睡眠では副交感神経が優位になり,レム睡眠では自律神経が乱れてきて,「自律神経の嵐」と言われています。したがって狭心症や心筋􄼷塞の発作あるいは偏頭痛を起こしやすい。レム睡眠が90分に1回出現し睡眠の周期を作り上げているのですが,レム睡眠とノンレム睡眠は,それぞれの役割を分担しながら,また,相互的に作用しながら,我々は休息をとっているということになります。
長尾
高齢者の場合はノンレム睡眠── 深い睡眠が減るということは聞いたことがあるのですが。
内村
レム睡眠は年齢とともにだんだん減少し,ノンレム睡眠の割合が相対的に多くなる。そして,ノンレム睡眠の中でもステージ1の浅い眠りが多くなり,ステージ3,4といった深い睡眠は減ってきます。
長尾
高齢者がなかなか熟眠感を覚えないというのは,今先生がおっしゃったようなパターンの変化が関係しているのですか。
内村
40歳を過ぎてくると徐々に,睡眠時間が短くなってきて,特にノンレム睡眠── 深い睡眠が少しずつ減ってきて,覚醒が増えてきます。その結果,熟睡感が減少し,睡眠時間は短くなり,また,レム睡眠が90分周期であったものが不規則となり,睡眠自体が不安定になって,夜中に何回も目が覚めたり熟眠感を感じないようになってきます。

不眠と不眠症

長尾
睡眠というのはなかなか奥が深いですね。現場で医者をしていますと,不眠だということでご相談を受けることが本当に多いのですが,不眠にもいろんなタイプがあって,例えば入眠障害とか,早朝覚醒とか,その辺の分類はどのように考えられていますか。
内村
不眠というのは,夜の睡眠に何らかの問題を抱えているということです。不眠のタイプは,今,入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒の3つに分かれています。寝つきに1時間以上かかるのは入眠障害,夜中に2回以上目が覚めてそれからなかなか寝つけないのは中途覚醒,朝ふだんよりも2時間以上早く目が覚めて,それからまたなかなか眠れないのは早朝覚醒,この3つが不眠のタイプです。
 不眠があるために,昼間に我慢できない眠気や倦怠感,意欲の低下とか,気分の落ち込みなど,昼間の何らかのQOL の低下,何らかの精神的あるいは身体的な症状がある場合を不眠症と定義されています。だから,夜の睡眠に問題があるだけでは不眠症ではなく不眠という症状です。不眠症とは,夜の睡眠が十分にとれないために昼間に何らかの機能障害を呈してきた場合です。ただ,患者さんは夜の睡眠のことばかり訴えることが多く,「昼間はどうですか」と聞いたら,「昼間は全く眠たくない,元気ですよ」と訴える人も少なくありません。そういう方は,実は自覚できていないけれど眠っていることが多いようです。
長尾
そこが一つの見分けるポイントになるわけですね。
内村
ええ。だから,不眠症かどうかを見分けるのは,午前中に我慢できない眠気があるかどうかです。お昼御飯を食べた後は誰でも眠たくなるのですが,午前中に我慢できない眠気があるようだったら,前の晩の睡眠が足りていないことを示唆しています。午前中眠気がない人はある程度眠れている。自分がきのう何時間眠ったかというのは当てにならなくて,起きた時刻は時計を見ればわかりますけど,眠った時刻というのは誰にもわからない。意識がなくなった時刻を眠った時刻というふうに勝手に思っているだけで,自分が何時に入眠したかは不確実です。例えば床の中でテレビをつけていていつの間にか寝てしまったら,入眠した時刻は大体あの頃だろうと推測するだけです。つまり,夜の睡眠を自分で知ることは無理で,深いか浅いかも不確実です。よく夢を見たから睡眠が浅いと言いますけど,逆に夢を見たというのが唯一眠ったあかしです。
 きょうも不眠を主訴として患者さんが受診されて,「ここ何年か一睡もしていない。昼間も全く眠たくない」と訴えられていました。「床には何時間ぐらい横になっていますか」と聞くと,「7時間から8時間横になっているけど,一睡もしていない」と答えられ,その方は睡眠薬を多剤服用されていました。患者さんは夜の睡眠の問題を強く訴えてこられるので,それによって昼間どの程度の機能障害があるのか,QOL が低下しているのかということを聞かないと,不眠症かどうかはわかりません。睡眠状態誤認の可能性があります。

不眠の分類と原因

長尾
私も非常にいいかげんに言葉を使っていましたので,とても反省させられました。
 今先生が,入眠障害,中途覚醒,早朝覚醒と分けられたのは,やはりそれぞれに原因が違って,アプローチの仕方が変わってくるということなのだろうと思いますが,簡単にそれぞれの主な原因を教えていただけますか。
内村
不眠の原因というのは,よく5つのP で分けられます。アメリカでかかりつけ医の先生を対象に分類している頭文字にP がつく分け方で大体,生理学的(physiologic),心理的(psychological),身体的(physical),精神医学的(phychiatric),薬理学的(pharmacologic)の5つに分けられる。1つが,生理学的原因による不眠。この生理学的原因というのは,例えば,家の前をトラックが通って騒音がやかましくて眠れない。あるいは,入院したために消灯時間が21時になって,いつも23時に寝ている人が21時から寝なくてはいけないとなると眠れなくなります。あるいは,時差ぼけとか,交代勤務とか,主に環境要因が原因になります。
 心理社会的なものとしては,ストレスによって眠れなくなってくる場合です。
 身体のいろんな病気によって眠れなくなる。最も不眠を起こしやすい三大身体症状というのが,痛み,かゆみ,夜間頻尿。この3つを来す疾患は全て不眠を呈してきます。したがって,多くの身体疾患が不眠の原因となります。
 ステロイド,降圧剤のカルシウム拮抗薬やβ-ブロッカー,抗躁剤などの薬剤が原因で不眠が出現します。
 鬱病や不安神経症などの精神疾患ではほぼ必発します。
長尾
これは覚えやすくていいですね。
内村
環境要因とかストレスなど心理的なものから起こってくるのは入眠障害が多いようです。鬱病などの精神疾患では中途覚醒や早朝覚醒が出現しやすい。夜間頻尿は中途覚醒を引き起こすなど,原因によってどの不眠のタイプが多いかというのは違ってきます。

非薬物療法

長尾
今度は不眠症の治療のことを伺います。まず,薬を始める前の生活指導が原則だろうと思いますが,我々一般内科の医師が,不眠を訴えた患者さんに対して問診できちんと押さえておくべきポイントが幾つかあると思います。そこを教えていただけますか。
内村
先ほど少しお話ししましたように,夜の睡眠の問題を訴えられることが多いと思いますが,昼間の眠気とか倦怠感といった何らかのQOL の低下があるかどうかをまず聞くことが大切です。その上で,就寝時刻と起床時刻,また,朝起きたらちゃんと光を浴びているかどうかを聞く。
 朝,光を浴びることによって夜間のメラトニン量が増えてきますので,朝一定の時間に起きて光を浴びることが夜ぐっすり眠るために大事です。また,朝一定の時間に起きると,それから15~16時間後に必ず眠たくなりますから,それが夜一定の時刻に眠たくなるための一番の方法です。また,24時間の規則正しい生活のためには,朝食を規則正しくとることが大事です。
 散歩や運動などで昼間の活動性をできるだけ上げる,昼食を食べた後,長く横にならない。人間の眠くなるリズムは決まっていまして,一番眠くなるピークは午前2時から4時,もう一つのピークは午後2時から4時です。この午後2時から4時というのは昼食をとらなくても眠たくなる時刻で,昼御飯を食べた後は血流が脳に行かなくなるためにさらに眠たくなる。だから,昼食後に15~30分の短時間お昼寝を行うと,午後の眠気が軽くなり,覚醒レベルが上がります。
 床に入る3~4時間前から睡眠にとって悪影響を及ぼすことを控えることが重要です。アルコールは入眠を早めるけど,大体3~4時間たつとアルデヒドという覚醒物質に代謝されます。アルコールを飲んで4時間ぐらいたつと目が覚めてしまって,睡眠が浅く短く,睡眠の質が悪くなります。コーヒー・紅茶・日本茶・炭酸類に入っているカフェイン類も控える必要があります。煙草も覚醒作用があるので,就寝1時間前からは控えるべきです。
 逆に,睡眠にとって効果的なことを行うことです。1つは,体を温める。人間は体温を上げた後,降下してくるときに眠りやすくなるので,床に入る1時間前ぐらいにお風呂に入ると,体が温まってその後眠りやすくなります。直前に入るとかえって眠れなくなりますから,就寝1時間前ぐらいに少しぬるめのお風呂に入る。熱過ぎると交感神経が優位に立って眠れなくなりますので,ちょっとぬるめのお風呂にゆったりとつかることで,副交感神経が優位に立って,リラックスできます。カフェインの入っていない温かい飲み物,ホットミルクとかホットレモンなどで体を温めることも有効です。アロマや,ゆったりとした音楽を聴くとリラックスでき入眠しやすくなります。
 眠れない人ほど,床に入ったあとに眠ろう眠ろうと意識するのでかえって脳が興奮し,交感神経が優位となり眠れなくなります。床に入ったら眠ることを考えないということが大切なので,意識を睡眠からほかに向けるために本を読むことは効率的です。ただし,面白い本ではなくて,つまらない本を読む。昔の教科書とかを読むとすぐ眠たくなります。

薬物療法

長尾
次はお薬の使い方ですが,ずっとベンゾジアゼピンを飲んでいらっしゃる方と,最近眠れないのでお薬をくれませんかという方では,アプローチが当然違うと思います。初診で,今まで飲んでいなかった方がお薬をいただけませんかと来られたときは,どのような対応をなさいますか。
内村
今,睡眠薬には大きく分けると,ベンゾジアゼピン系と非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬,体内時計に作用するメラトニンアゴニスト,覚醒を維持するオレキシン,神経を抑制することによって眠りを誘うオレキシンアンタゴニストの3種類があります。
 それぞれ特徴があるのですが,最近はベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を長期間服用することで,身体依存が形成されて中止しづらいといわれています。
 例えば,ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は,できるだけ単剤で使用し1年以上連続服用していると身体依存を生じやすいので,1年以内にとどめるべきです。ことしの4月から,ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を1年以上同用量で使っていると,診療報酬を減算されることになりました。非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬のマイスリー,アモバン,ルネスタは,ベンゾジアゼピン系よりも依存しづらいという報告はありますが,長期間投与を続ければ依存を生じる可能性があります。
 また,高齢者はベンゾジアゼピン・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を長期間飲むことによって認知機能の低下や認知症を引き起こすことが話題になるのですが,今のところ,少なくとも認知機能は低下してくるが,認知症発症との直接的な関係については結論は出ていません。高齢者では,筋弛緩作用による転倒・骨折あるいは,健忘・せん妄の原因になることも指摘されています。
 睡眠薬を服用したことのない患者さんには,最初はベンゾジアゼピン・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬以外の,ベルソムラ(オレキシンアンタゴニスト)やロゼレム(メラトニンアゴニスト)を使った方が副作用も少なくやめやすいと思います。
 ベルソムラやロゼレムというのは,飲んだときの切れ味があまり良くなくて,すぐに眠れないといわれることがあります。ただ,自然な眠りというのは,落ちるように眠るのではなくて,いつの間にか寝てしまうものなのです。精神疾患で不安の強い方には,ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を最初から使用することもありますが,不眠症の場合はまずオレキシンアンタゴニストやメラトニンアゴニストを使って,それでも眠れないときには,非ベンゾジアゼピン系のマイスリーやルネスタを不眠時の頓服として使用することが推奨されています。しかしすでにベンゾジアゼピン・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を服用している方を,オレキシンアンタゴニストやメラトニンアゴニストに切り換えるのはかんたんではありません。
長尾
患者さんに抵抗されてほとんど成功しないので,そこをお聞きしたかった。
内村
ベンゾジアゼピン・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬の切れ味を知っている人は,オレキシンアンタゴニストやメラトニンアゴニストに変えると,寝た気がしないと言う方が少なくありません。切り換えることは困難なだけに,最初からベンゾジアゼピン・非ベンゾジアゼピン系睡眠薬以外の薬を飲むことが大事です。しかし,切り換えが難しいケースは減量してできるだけ少量にして,単剤で維持して副作用に注意することが大切です。
 平成24年に出た睡眠薬のガイドラインの中では,高齢者で不眠で悩んでいる方,精神疾患で眠りが悪くなると症状が悪化しやすい方,高血圧や糖尿病などの生活習慣病で不眠が併存して,不眠が悪化すると病状が再燃する方などでは,最小用量で副作用がなければ長期間使ってもかまわないことが記載されています。

睡眠と身体疾患

長尾
患者さんの背景を見ながら考えていくということですね。
内村
そうですね,何がなんでも減らそうとしたら,かえって患者さんのQOL が低下してきますし,睡眠をきちんと確保することが生活習慣病やうつ病・認知症などの予防にもつながります。
 最近の研究では,睡眠が十分とれないと,アルツハイマー病や鬱病の誘因になること,また,インシュリン抵抗性が増大して,糖尿病,交感神経が優位となり高血圧になりやすいということが示されています。さらに,睡眠不足により免疫力が低下することも明らかになっており,睡眠を確保することの重要性が叫ばれています。不眠症の患者さんでは,まず生活習慣を改善し睡眠衛生指導を行った上で,それでも不眠が存在する場合は単剤で最小限の用量で,睡眠薬を使っていく必要があります。
長尾
本日は,睡眠とは何かという本質的なことから始まりまして,生活習慣病,アルツハイマー病といった疾患との関連性,それから薬の使い方,生活指導の仕方まで,非常に広範囲にお話を伺いました。早速,明日からの診療に役立つお話をたくさんおきかせいただき,ありがとうございました。

バックナンバー