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対談

九州大学久保総長が聞く‼(第9回)

語る人

九州大学大学院経済学研究院
産業マネジメント専攻教授
高田 仁

聞く人

九州大学総長
「臨牀と研究」編集委員
久保 千春

久保
本日は,九州大学の総長が聞くという,第9回目になりますが,「九州大学のアントレプレナーシップ」を中心にお聞きしたいと思います。本日は,高田仁(たかためぐみ)先生においでいただいての対談になります。まず,先生のご略歴をお聞きしたいと思います。

高田仁教授の経歴

高田
もともと九州大学工学部の冶金学科で金属の材料を学んでいました。
久保
今はどのような名前になっているのですか。
高田
物質科学工学科です。卒業後,そのまま大手の鉄鋼メーカーに勤めました。ただ,エンジニアをずっとやるというイメージがどうしても持てなくて,人間がどう動いて街や都市ができるのか,そういうことに興味があったものですから,思い切って会社をやめて,大学院を受け直しました。当時の九大の大学院(建築学専攻)には,高校や大学の同級生が何人かいたものですから,話を聞いて,面白そうだなと思って進学しました。
久保
大手メーカーには何年ぐらいいましたか。
高田
2年間です。3年いるとやめられなくなるとみんなが言っていたので,2年でやめさせていただきました。大学院の2年のときにシリコンバレーを調査するプロジェクトがありました。それが1994年ですが,ちょうどインターネットが世の中に出てきた時代です。現地に1ヵ月以上滞在して,毎日毎日,ベンチャーの社長,大手コンピューター会社の上層部,行政の幹部や市長,スタンフォード大学の教授,ベンチャーキャピタル,そういった方々とお会いして,なぜシリコンバレーから多くのハイテク企業が生まれてくるのかということを調べました。実はそれが今のアントレプレナーシップ・センターでの活動につながっています。そういった調査をやるコンサルタント会社があったものですから,大学院を出た後,そこでしばらく働きました。その後,東京大学の先生方がTLOを作られたということで,創業メンバーの方々にお会いしたら,「高田君,よかったらやってみないか」と。「僕でいいならやります」ということで,1999年から4年間,今は東京大学TLOと言われている会社の副社長として,大学の産学連携・技術移転を毎日毎日ビジネスとしてやらせていただきました。そうこうしているうちに,九州大学がビジネススクールを作るという話があって,九大の先生方から,よかったら来ないかという話をいただいたので,応募して,助教授として着任しました。そこで,東京でやっていた産学連携・技術移転の仕事もそのままやらせてほしいと申し上げたら,大学としてはどうぞどうぞという感じでしたので,今はAiRIMaQと言っていますが,知的財産本部の技術移転部門長をしばらくやらせていただきました。それと,2005年から2010年ぐらいまで,当時の梶山総長の時代から次の有川総長の最初の1年ぐらいまで,総長特別補佐もやらせていただきました。そして,ちょうど転機があったのが2009年です。ロバート・ファンさんから,アントレプレナーシップ・センターを作るのであれば,九大の100周年に合わせてまとまった寄附をしますよというお話があって,アントレプレナーシップ教育というのはどういう体系でどうやればいいのか,当時の九大の中にはまだ十分な知見がなかったものですから,「君がMITに行って設計図を作ってこい」と言われて,半年ぐらいボストンに行かせていただきました。
久保
ロバート・ファンさんというのは工学部の卒業生で,アメリカでシネックス・コーポレーションというベンチャー企業を起こして成功された方です。九州大学に対する思いが非常に強くて,ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センターを作っていただいたということですね。
高田
そうです。
久保
先生は,それを立ち上げるために,MITやいろいろなところに行かれたということですね。
高田
全米で調べて帰国しました。ほかには,アントレプレナーシップ・センターの初代センター長をされた谷川先生,副センター長を長くされている五十嵐先生,3人それぞれに調査をして,その調査したものを持ち寄って今のQREC――九州大学/ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・センターを作りました。
久保
大学の役割には,教育,研究,社会貢献,国際化などがありますが,社会貢献というところでは産学官連携が強く進めています。医学の場合は,診療は社会貢献でもあります。私も総長になって,九大では産学連携が年々盛んに行われていることを強く感じています。また,自己資金を得ることが求められています。本日は,産学連携に必要なアントレプレナーシップ教育についてお聞きしたいと思います。

アントレプレナーシップとは

久保
まず初めに,皆さんあまりなじみがないと思いますので,アントレプレナーシップとは……についてお話ししていただければと思います。
高田
ものすごく変化が激しい世の中で,実は,こういうことができたら世の中にとって良い変革が起きますよね,ということがさまざまにあるわけです。そういった変化の中に機会を発見して,そこに新しい価値を生み出そうとする,そういうマインドセットと行動様式でそれを実現しようとするプロセスがアントレプレナーシップだと言われています。そこにはリーダーシップも必要ですし,さまざまな物事を要素分解することも必要ですが,それを統合的に捉えてアプローチし,解決策を生み出すことが必要です。そういったことを行う思考と行動の体系だと言われています。
久保
アントレプレナーシップ教育では,具体的にはどのようなことを行うわけですか。
高田
まず,その前提として,今,アントレプレナーシップが随分注目される時代背景を理解することが重要です。21世紀に入って,社会の環境が随分変わってきているし,変化するスピードがどんどん速くなっている。それから,日本の多くの産業でよく言われていることですが,高度成長期の成功モデルが通用しない時代になっているわけです。ですから,過去を参考にしようとしても,あまり参考になる事例がない,今はそういう時代に入っていると思います。そういった中で,どうやって自分自身が主体性を持って新しい道を切り開くのか,どうやって新しい価値を作り出すかということが非常に求められているわけです。ですので,実は今,アントレプレナーシップ教育は世界的にも注目を集めていて,取り組む大学が非常に増えています。
久保
この「アントレプレナーシップ」という言葉は日本語にはないのですか。
高田
実はQRECを立ち上げるときに随分議論しました。辞書などでは「起業家精神」と書いてあるのですが,そういう漢字を当てはめてしまうと,単にベンチャー企業を起こすために必要な心がまえだというふうに狭い捉え方をされてしまう。一方,変化の中に機会を発見して,そこから価値を生み出すのは,何もビジネスだけではなくて,非営利のNPOもそうですし,最近では政府の役割でもそういう新しいチャレンジが求められていますし,大学でもそうかもしれません。それから,既存の大企業でも,今までやっていたことだけを粛々とやればいいということではなくて,いかに機会を発見して新しい価値を作っていくかということをやらなければいけない。そういう意味では,ベンチャー企業を起こす人だけのものではないので,漢字を当てはめるとちょっと狭くなり過ぎるということで,我々はあえて「アントレプレナーシップ」という言葉を使おうと決めて,今までやってきています。周りの方々,特に年齢が上の方々からは「片仮名が多過ぎる」と言われるのですが。

ロバート・ファン/アントレプレナーシッププログラム

久保
ファンさんは,どうしてアントレプレナーシップ・センターを作ろうとされたのでしょうか。
高田
ファンさんと九州大学のつながりが再び強くなったのは梶山総長のころです。そのときにファンさんが大学に寄附をしてくださって,それでQREP――九州大学/ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・プログラムという教育プログラムを,当時,まだQRECができる前ですけど,谷川先生が企画された。それはどういう内容かというと,希望した学生に国内で研修を受けさせた後,1週間シリコンバレーに連れていって,現地の起業家などに濃厚に触れさせる。朝から晩までシャワーのように,現地の著名な方々や企業,例えばグーグルやアップルといった会社をどんどん訪問して,アントレプレナーシップあふれる世界に身をもって触れさせて,それについて現地の方とディスカッションさせる。それを1週間缶詰でやった。そうすると,参加した学生は,目からうろこが落ちるような形で日本に帰ってきました。例えば進路も,今までだと,会社のブランドだけを見てこの会社を選びましたとか,研究が好きだから研究者になりますと言うだけだったのが,自分は世の中で何がしたいのかということを明確に意識するようになって,その上で主体的にキャリアを選んでいくという事例がどんどん増えました。ロバート・ファンさんがそれを見て,アントレプレナーシップ教育には意味があると思われた。それで,規模を拡大しようということで,ちょうど九州大学が100周年を迎える準備をやっていたころですので,それに合わせて1億円のご寄附をいただくという話で,体系的にアントレプレナーシップ教育を提供するセンターを作ろうということでした。
久保
私が4年半前に総長になったとき,ちょうどそのプログラムが終わって,継続するかどうかというところでした。そのときに,ファンさんが来られて,九大発のベンチャー企業がまだ一つもできていないから,ちゃんとした成果を出すところまで行かないといけない,あと5年間継続すると言われて,また寄附していただきました。九大に対して本当にいろんな面でサポートしてもらっています。また,ファンさんのアイデアで同窓会組織を強化しないといけないということで,CEOクラブを作りました。では,アントレプレナーシップの考え方や行動様式について,もう少しご説明していただきたいと思います。

アントレプレナーシップの考え方・行動様式

高田
では,学生たちが具体的にどのようなことを身につければいいのかということですが,例えば最近よく使われるキーワードとして,「エフェクチュエーション」という言葉があります。これもまた日本語に直すのが非常に難しいので,結局,我々は片仮名を使っているのですが,アメリカのバージニア大学のビジネススクールの研究者がまとめた理論体系です。その方は,世界中で成功しているアントレプレナーを探し出し,長時間インタビューをお願いして,応えてくれた27名の方に,共通のビジネスケースのような問いを投げかけました。例えば,「ソフトウエアの会社を作ってこういうプロトタイプができました。あなただったらこれからどう行動しますか」とか,「晴れてソフトウエアの販売が始まって半年間たちました。今,売上はこのような状況です。あなただったらこの状況でどうしますか」とか,ビジネスが進んでいく過程で,このタイミングだったら私はこう行動するといったことをしゃべってもらった。それを解析してみると,実は非常に共通した法則性が見出された。それがエフェクチュエーションと呼ばれるもので,5つの原則でまとめられています。1つ目は,手元にあるもので素速く行動するということです。例えば,お金はこれだけしか持っていないけれども,それでできる範囲のことをやってみるということで,とにかくまず行動を起こしてみる。2番目は,行動するときは,失敗しても負える範囲の資源投入にとどめる。無理な借金や投資を受けて,いきなり大きな挑戦をドーンとやっても,イノベーションには不確実なことが多いので,当然失敗する確率は高い。従って,まず小さくてもいいから自分で負える範囲の資源投入をする。そうやって,まず行動を起こすことが重要だと。3つ目は,共感してくれるパートナーと一緒に作るということです。つまり,「こんなことができたらいいですよね」という自分のビジョンに共感してくれる人を探して,その人と一緒に事業をやっていく。1人では決して成功できないということです。4つ目は,不測の事態があっても,よりよい方向に発想を転換して柔軟に対応するということです。これはレモネードの原則と言われるのですが,レモンを売りたい人がレモンを仕入れたら,傷のついたレモンがいっぱい入っていた。なんだこれはと突き返すことも一つの手段ですが,起業家というのは,その傷がついているレモンを見て,これだったらレモンをそのまま売るのではなくて,むしろレモネードにして売ったほうが売上は増えるのではないかと。そういう偶然に起こったことをてこにして,プラスに発想を転換して,新しい価値を生んでいく。5つ目は,常に自分が状況をコントロールする。これは,「他人の飛行機に乗りたいですか,それとも自分が操縦して自由に飛びたいですか,あなたはどっちですか」と問うわけです。成功する起業家というのは,自分で操縦桿を握って飛ぶんだという主体性を強く持っているのです。
久保
4番目のよりよい方向に発想を転換して柔軟に対応する,5番目のみずから状況をコントロールする,この2つは,自主性というか,その人なりの考え方,生き方に関係しますね。
高田
そうだと思います。自分の人生をいかに主体的に生きるかというところがものすごく重要です。アントレプレナーシップ教育を,科目や学生の自主活動など,いろんな形でやっていますけれども,いろんな場面で我々教員が学生に問うのは,「君はどう考えているのか」,「君は何をやりたいのか」,「君は今までどのようなことをやってきたのかと」,ある意味,自分自身の棚卸をするようなところから始める。そうすると,だんだんだんだん,ああ,僕はこんなことをやりたかったのかということで,学生たちが自分のことを振り返って主体性を持つようになります。

アントレプレナーシップのカリキュラムと受講者

久保
九州大学のアントレプレナーシップ教育における,具体的な対象学年とかカリキュラムなどについて教えてください。
高田
今,カリキュラム体系としては,最初にアントレプレナーシップの基本の部分について学ぶ,アントレプレナーシップ入門という科目を受けてもらうようにしています。そこで,アントレプレナーシップとは……というところに触れてもらいます。その後に,世の中の課題を解決するためのいろんなアイデアを出すアイデア・ラボという科目や,先ほど主体性という話がありましたが,自分のキャリアデザインについて考えさせるような科目を提供しています。そういう科目を提供すると,学生たちがインスパイアされて,もうちょっと学んでみたいとか,もっと行動してみたいと思うようになるわけです。
久保
この対象は何年生になるのでしょうか。
高田
学部の1年生からです。
久保
どの学部の人たちにも開放されているわけですか。
高田
そうです。どの学部の学生にも受けてもらえるような形で提供しています。
久保
医学部の学生も受けていますか。
高田
はい。最初の1年半ぐらいは伊都キャンパスで学びますので。2017年,2018年のデータですが,全体の比率ではそんなに高くなかったですね。多いのは,工学部,経済学部,大橋の芸術工学部の学生たちです。
久保
2017年においては,学部生だけで710名,医学部では15名が受けていますね。
高田
大学院生は231名が受けています。あと,クラスには社会人の聴講もまじったりしますので,合計で1,000人以上の方が,QRECが提供するアントレプレナーシップ関連の何らかの科目を受けているということになります。カリキュラム体系の話に戻りますと,いろいろと学びたいという学生,特に,入学直後の学部1年生に刺激を与える。そうすると,今度はビジネスを作ることを計画したりするので,ビジネスに関する戦略,マーケティング,財務会計,あるいは組織やチームをどうやって作ればいいのかというような,ビジネスの基礎的な知識を学んでもらう科目を提供しています。あと,最も重要なのは,アントレプレナーシップというのは坐学だけで学ぶことはできなくて,体験的に学んでいくことで初めて教育効果が出るので,グループを作って,自分たちで実際の課題を見つけ出して,その解決策をまとめて提案するという,PBL――プロジェクト・ベースド・ラーニングと呼ばれる形式の科目をふんだんに配置しています。大学院生もQRECの科目を受けるのですが,彼らはPBLの科目を中心に履修することが多い。実際の課題というのはどういうものかというと,きょうの午前中,C&C――チャレンジ・アンド・クリエーションの表彰式で留学生のチームが表彰されたのですが,彼らの母国の発展途上国,新興国では大きな社会課題をたくさん抱えていて,そういう問題にアプローチして解決策を提示するような,新興国におけるソーシャルビジネスとか,そういうものを学ぶPBLの科目もあります。僕がやらせていただいているのは,大学ではさまざまな研究成果が出てきますので,それを産学連携でどういうビジネスにできるのかを構想して,最後に学生のチームからベンチャーキャピタルの方々にプレゼンテーションして講評を受けるというような科目です。

地域政策デザイナー養成講座

久保
産業界と九大のビジネススクールの学生が一緒になってやるビジネスプランコンテストみたいな講座がありますね。安浦理事が中心になって,毎年1回学生を募集して,6つぐらいのチームを作ってやっているのは地域政策デザイナー養成講座ですね。
高田
そうです。今おっしゃられた地域政策デザイナー養成講座では,ビジネスという範疇にとどまらずに,政策的な観点も含めて地域の課題の解決策を見出し,最後に対外的なプレゼンテーションをするような科目もやっています。実は,さまざまなフィールドで新しい機会を発見して,そこに解決策を提案することが求められている,それをQRECでは非常に幅広くやっているということが言えると思います。

起業部

久保
九州大学では,2017年7月に大学公認の部活動である「起業部」が設立されて,その中で,第1号となるベンチャー企業として「メドメイン」が誕生しています。これは,医学部4年生の飯塚統君が病理診断の画像ソフトの開発を手がけて,今,多くの人たちからのファンドを集めていて,九州大学初のベンチャー企業として世界展開を目指していきたいと意気込んで頑張っている状況です。
高田
起業部の活動も非常に注目をされています。彼らのキャッチフレーズは,「サッカー部がサッカーするかのごとく,起業部は学生起業します。」ということです。ですので,部員には,最初から起業するんだという意思を強く持っている人が手を挙げて,部費を払って入るということで,毎週メンタリングをやって,専門家からビジネスプランの作り方に関する指導を受けていると聞いています。
久保
彼らもアントレプレナーシップの講義を受けているわけですか。
高田
はい。彼らは非常に活発です。例えば,QRECでアイデア・バトルというプログラムをやっていまして,学生がアイデアを着想して,そのアイデアがどれほど実行可能なものなのか,魅力的なものなのかを,数ヵ月間,自分で活動しながら検証するのですが,その採択案件には,起業部の学生の割合が高かった。
久保
九州大学にアントレプレナーシップ教育があったことが,起業部を設立する素地になったのではないかと思いますが,ほかの大学のアントレプレナーシップ教育というのはどういう状況でしょうか。
高田
九州大学ほど教育として体系的に提供している大学はまだありません。例えば,東京大学では,アントレプレナー道場ということで,新しいビジネスを起こしたいという学生を集めてビジネスプランの作り方を教えて,ベンチャーキャピタルにプレゼンテーションするということに力を入れています。一方,九大の場合は30科目以上提供していまして,全体を底上げするための教育体系を豊富に準備しているところが非常に特徴的だと思います。
久保
今,世界経済における日本の大学の立ち位置というのは,イノベーションを起こすためにも,ベンチャーを立ち上げることが求められている状況ですね。
高田
はい。
久保
そういう中で,今,九州大学も,ベンチャーを立ち上げるとか,新しくチャレンジすることが必要で,私も学生に対して,チャレンジ,チェンジ,クリエーションという,三つのCという形で話しています。
高田
まさにそうだと思います。日本では,出る杭は打たれるとよく言われましたが,最近の若い人たちには,出る杭はどんどん伸びてくれと。周りもそれをサポートするというような形で,雰囲気が随分変わってきていると思います。
久保
まさにシリコンバレーでアップルとかグーグルが成長したように,そのミニ版でもいいけど,こういうところを日本もやっていかないといけない。それを九州大学でもやっていければと思います。
高田
ひとつ重要なのは,いつ起業するかということです。会社を作って自分でベンチャーを始めるタイミングは,学生時代に決断できる場合もあるし,社会に出て会社に勤めて10年以上たったところで,「自分はこのタイミングでこれをやるべきだ」という起業機会を見つけることもあるかもしれません。大学在学中に広い意味でのアントレプレナーシップ教育を提供することで,いつか自分のタイミングが来たときに起業するというカードを切れるように,それを学生のうちに身につけさせて,そのカードを持たせた状態で卒業させてあげる。そうすると,その後のキャリアとか選択肢がそれだけ豊富になるわけですね。冒頭で言いましたが,アントレプレナーシップというのは,起業することだけではなくて,大きな組織や会社においても発揮する場面があったり,あるいは行政組織とかNPO でも求められたりする。あるいは,アカデミック・アントレプレナーシップといって,大学の先生たちもアントレプレナーシップを発揮する機会があります。自分のキャリアの中で,ここで自分はこういうアントレプレナーシップを発揮するんだと思ったときにすぐ行動できるような,そのためのマインドセットや行動様式を大学で身につけさせる。そういった武器,カードを持った学生たちを世の中にたくさん輩出していくことによって,ベンチャーが生まれてきたり,大企業の中での変革が生まれてきたりということにつながると思っています。
久保
そのためには,社会の課題あるいはニーズに絶えずアンテナを張って,そういうものをきちんと自分で見ておくことが必要ですね。
高田
そうですね。それがまさにオポチュニティー,機会を発見する能力です。どこに機会が存在するかというのは,主体的に,鵜の目鷹の目で世の中を見て,アンテナを張っていないと見えない。だから,ぼうっと過ごしている人は気づかない。目ざとい人は,常に何か新しいもの,価値がありそうなものを見つけてくる。それは機会を発見する能力の違いですが,アントレプレナーシップの中で最も重要な素養の一つです。
久保
それはどのようにしたら教育できますか。
高田
その方法はいろいろとありますが,まず世の中で何が起こっているのかを,自分のバイアスにとらわれずに広く見る機会を増やすということです。

アイデアを出す

久保
百聞は一見にしかずですから,いろいろと体験するということですね。
高田
その意味で,ロバート・ファンさんが最初に寄附をしたQREP――九州大学/ロバート・ファン/アントレプレナーシップ・プログラムにおいて,シリコンバレーで学生たちが1週間缶詰になると目からうろこが落ちるというのは,まさにそういうことだと思います。一つには,いかに自分の固定観念を取り払って外の世界を見るかという訓練をさせる。他には,アイディエーションというのですが,ある与えられた条件からどういう可能性の選択肢が導き出せるか,アイデア,アウトプットをたくさん出す訓練をさせる。QRECの五十嵐先生のアイデア・ラボという講義ではそういうことをやっています。例えば,輪ゴム1本からどのような価値が生まれるか,今から何分以内で何十個考えてくださいといったことをやらせるわけです。そうすると,思ってもみなかった使い方があるよねということになる。アイデアは出そうと思ったらたくさん出せるんだということに学生たちが気づくと,実際,目の前に機会が存在して,これはひょっとしたら何か大きな事業に結びつくのではないかと思ったときに,それをどうやって実現すればいいかというアイデアの選択肢がたくさん生まれてくるわけです。
久保
今は情報化社会ですので,多くのことはインターネットで得ることができるわけですが,AI時代と言われる中で,アイデアを出したり,AIにはできない部分でのアントレプレナーシップ教育をどのように考えていらっしゃいますか。
高田
まさにこれは機械に置きかえることができない能力だと思います。AIというのは,機械学習の特異点というか,条件を与えてあげることによって,最も効率的にそれにマッチするものを導き出すということで,ツールとしては使えます。そもそも与える条件を設定するのは人間ですので,そこでの問題意識とか機会の捉え方によって,AIに流し込むデータの質が全然変わってくるわけです。そこはAIに置きかわらない,人間が本来持っているとても重要な能力だと思います。それをアントレプレナーシップということで一つ持っておくことは,AI時代でも,AIに仕事を奪われないということにつながるのではないかと思います。

アイデアによる新しい医療機器

久保
では,医療との関係を少しお伺いしたいと思います。九大では味覚・嗅覚センターがありますが,最近,聴覚についても研究も加わりました。その中で,新しい医療機器や医薬品を開発する研究がされています。認知症と難聴との関係について,新しい医療機器を使うことによって難聴が随分改善され,じつは認知症ではなかった人が結構いると聞いたことがあります。
高田
数年前に,ユニバーサル・サウンドデザインという会社の方のプレゼンテーションで,難聴の方はなぜ聞こえにくいのかということを脳科学的に解明したと聞きました。それで,脳科学的に分析して聞き取りやすくした音を特殊なスピーカーから出して聞こえるようにするという製品を売り出している。実は,僕の父も耳が悪くて,家に帰って父親と話すたびに会話に苦労しているので,うちにも欲しいなと。これは大変興味深いですし,そのプレゼンテーションを聞いた直後に,たしかJAL のカウンターに,耳が不自由な方のためのスピーカー,卓上対話支援システム「コミューン」が置かれたという話を聞きました。ヘルスケアの領域でも,新しいベンチャーが今までにない製品をどんどん生み出して世の中をよりよくしていくということで,物すごくたくさんの事業機会があると思います。
久保
これが人々のヘルスケアに役立つということで,医療においても,今後,ロボットを使ったものとか,いろんなものが出されていくだろうと思いますね。
高田
そうですね。
久保
最後に,アントレプレナーシップの今後の方向性についてお聞きしたいと思います。

アントレプレナーシップの今後の方向

高田
九州大学では,日々さまざまな分野の研究がなされていて,特に科学技術分野や,医療,臨床研究の分野でも大変大きな蓄積を持っています。それらを新しいイノベーションを起こすときのシード,種として位置づけて,そういった科学技術や臨床の現場で生まれている知見からイノベーションを生み出すというところをもっと強化していきたい。九州大学としてそれに取り組んでいくことができれば,そのアウトプットとして出てきた製品やサービスが地域の皆さんの生活を豊かにする,また,地域に新しい産業を作ることにもつながってくると思います。
久保
九州大学としても,異分野の人たちが集まって一緒にできるような場を設定することが大事ですね。
高田
全くそのとおりです。よく異分野融合と言われますけれども,自分のディシプリンを持ちつつも,それだけで閉じずに,違う分野の方々と積極的に連携する,実はそれをつなぐのがアントレプレナーだったりするわけです。実は,起業部の学生たちは,自分が所属している学部の先生たちの研究室を訪問して,面白そうな研究成果を探している。先生方もそれに対して,この研究成果にはこういう可能性があるかもしれないけど,どうだろうかと提案する。そこで彼らは,それをどうやったらビジネスにできるかを考えたりする。ですので,アントレプレナー人材が研究者の横に入ることによって,研究成果が具体的にイノベーションという形に転換するということが起きてくると思います。そういう意味でのアントレプレナー人材の育成というのは,これからもっと重要になりますし,研究者の方々と連携することも非常に意味のあることだと思います。
久保
医学,医療の分野においても,こういうアントレプレナーシップ教育が必要だということがわかりました。本日は,大変有益なお話をいただきましてありがとうございました。

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